孫歆(そんきん)

【姓名】 孫歆(そんきん) 【あざな】 ?

【原籍】 呉郡(ごぐん)富春県(ふしゅんけん)

【生没】 ?~280年?(?歳)

【吉川】 登場せず。
【演義】 第120回で初登場。
【正史】 登場人物。

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孫鄰(そんりん)の息子

父は孫鄰だが、母は不詳。孫苗(そんびょう)・孫旅(そんりょ)・孫述(そんじゅつ)・孫震(そんしん)・孫諧(そんかい)はみな兄。

孫歆は楽郷督(らくきょうのとく)となった。

管理人「かぶらがわ」より

登場箇所が少ないためコメントしにくいです。具体的な事績についての記事がなく、どのような人物だったのかはわかりませんでした。

『三国志演義』(第120回)では、孫歆が驃騎将軍(ひょうきしょうぐん)として登場し、江陵(こうりょう)に進出した晋(しん)の杜預(とよ)の迎撃にあたっています。

杜預については慣例として「どよ」と読まれるとのこと。

このとき杜預の命令を受けた部将の周旨(しゅうし)が、長江(ちょうこう)を渡り巴山(はざん)に潜伏。結局、孫歆は杜預の軍勢に敗れ、城内に戻ることもできないまま周旨に斬られたという展開になっていました。

正史『三国志』には孫歆の最期に関する記事がないようです。ですが、『正史三國志群雄銘銘傳 増補版』(坂口和澄〈さかぐち・わずみ〉著 光人社)および『正史三國志群雄銘銘傳 増補・改訂版』(坂口和澄著 潮書房光人社)には「杜預は280年正月、早くも江陵に進出、2月、奇策を用いて呉の都督(ととく)孫歆を捕らえた」という記事がありました。

この部分の出典はよくわからなかったのですが、『晋書(しんじょ)』か何かでしょうか? 『晋書』や『資治通鑑(しじつがん)』の日本語訳もあるといいのですけど――。もし孫歆も280年に戦死したひとりなら、兄の孫震と同様、呉の滅亡に殉じたことになりますね。

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人物データ 呉の孫氏
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今日も三国志日和 – 史実と創作からみる三国志の世界 –

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