吉川英治(よしかわ・えいじ)先生の小説『三国志』(全311話)を熟読して、展開やポイント、感想などをまとめたものです。主要テキストは新潮文庫版。表紙の画像は、株式会社新潮社さまの承諾を得たうえで掲載しています。このカテゴリーは第230話~第278話が対象です。
吉川『三国志』の考察 第278話「出師の表(すいしのひょう)」
諸葛亮(しょかつりょう)は、魏(ぎ)の要職を占めるまでになった司馬懿(しばい)を警戒していた。 その司馬懿が曹叡(そうえい)に免官され、故郷へ帰されたと聞くや、諸葛亮は劉禅(りゅうぜん)に「出師(すいし)の表」を奉呈。宿願の北伐を断行し、自...
吉川『三国志』の考察 第277話「鹿と魏太子(しかとぎたいし)」
魏(ぎ)の皇太子の曹叡(そうえい)は15歳になり、その英才は皆の注目を集めていた。彼は父の曹丕(そうひ)と狩りに出たとき、母鹿を亡くした子鹿をどうしても殺せず、思いやりのある一面を見せる。 黄初(こうしょ)7(226)年5月、曹丕が40歳で...
吉川『三国志』の考察 第276話「王風万里(おうふうばんり)」
盤蛇谷(ばんだこく)へ誘い込み、兀突骨(ごつとつこつ)と配下の藤甲軍(とうこうぐん)を焼き尽くした諸葛亮(しょかつりょう)。 ななたび孟獲(もうかく)を捕らえ、ななたび放そうとするも、彼はいつものように立ち去らず、男泣きに許しを乞う。ついに...
吉川『三国志』の考察 第275話「戦車と地雷(せんしゃとじらい)」
魏延(ぎえん)の策にかかった兀突骨(ごつとつこつ)は、ついに盤蛇谷(ばんだこく)まで誘い込まれる。 兀突骨は、大きな箱車が十何輛(りょう)も置き捨ててあると聞き、喜んだのもつかの間、谷から出ようとしたところへ巨岩や大木が降ってきた。さらに、...
吉川『三国志』の考察 第274話「藤甲蛮(とうこうばん)」
本拠としていた銀坑山(ぎんこうざん)を失い、むたび捕らえられ、むたび諸葛亮(しょかつりょう)に放された孟獲(もうかく)。義弟の帯来(たいらい)の進言に従い、今度は烏戈国(うかこく)の兀突骨(ごつとつこつ)を頼る。 かの地の藤甲軍(とうこうぐ...
吉川『三国志』の考察 第273話「歩く木獣(あるくもくじゅう)」
孟獲(もうかく)の求めに応じ、八納洞(はちのうどう)の木鹿王(もくろくおう)が銀坑山(ぎんこうざん)に到着する。彼のひきいる3万の軍勢には、1千頭近くの猛獣も交じっていた。 木鹿軍と激突した蜀軍(しょくぐん)は総崩れになるも、この様子を聞い...
吉川『三国志』の考察 第272話「女傑(じょけつ)」
ごたび捕らえられ、ごたび諸葛亮(しょかつりょう)に放された孟獲(もうかく)。とうとう蛮都の銀坑山(ぎんこうざん)まで戻り、八納洞長(はちのうどうちょう)の木鹿王(もくろくおう)に協力を求めるべく、義弟の帯来(たいらい)を遣わす。 だが、三江...
吉川『三国志』の考察 第271話「蛮娘の踊り(ばんじょうのおどり)」
万安渓(ばんあんけい)の孟節(もうせつ)のおかげで、泉の毒から回復した蜀軍(しょくぐん)。目指す禿龍洞(とくりょうどう)に近づくが、朶思大王(だしだいおう)も孟獲(もうかく)兄弟も、この地まで敵軍がやってきた事実を受け入れられない。 そこへ...
吉川『三国志』の考察 第270話「毒泉(どくせん)」
よたび自陣に戻った孟獲(もうかく)は、弟の孟優(もうゆう)と相談し、南蛮国(なんばんこく)の知恵者として名高い朶思王(だしおう)の助力を仰ぐ。 朶思王の治める禿龍洞(とくりょうどう)へ向かった蜀軍(しょくぐん)は、強烈な毒泉の影響で死傷者を...
吉川『三国志』の考察 第269話「王風羽扇(おうふううせん)」
みたび捕らえられ、みたび諸葛亮(しょかつりょう)に放された孟獲(もうかく)。さすがに懲りて蛮界の中心まで引くと、各地の洞長に呼びかけ、入念な反撃の準備を整える。 しかし、西洱河(せいじが)両岸における戦いで諸葛亮の計略にはまり、よたび捕らえ...
吉川『三国志』の考察 第268話「孔明・三擒三放の事(こうめい・さんきんさんほうのこと)」
味方の董荼奴(とうとぬ)に捕らえられた孟獲(もうかく)だったが、諸葛亮(しょかつりょう)は再び解放する。 そのうち弟の孟優(もうゆう)が、銀坑山(ぎんこうざん)から援軍をひきいて駆けつけると孟獲は大喜び。ふたりでひと晩じゅう策を練り、翌日に...
吉川『三国志』の考察 第267話「心縛(しんばく)」
馬岱(ばたい)に糧道が遮断されたと知った孟獲(もうかく)は、忙牙長(ぼうがちょう)を差し向けるも、あえなく討ち死に。続けて董荼奴(とうとぬ)を差し向けたが、彼は先に諸葛亮(しょかつりょう)に助命された恩を感じており、まともに戦わなかった。 ...
吉川『三国志』の考察 第266話「輸血路(ゆけつろ)」
趙雲(ちょううん)に捕らえられた孟獲(もうかく)だったが、諸葛亮(しょかつりょう)の判断で解放される。 自陣に戻った孟獲は作戦を変更し、瀘水(ろすい)の対岸に頑丈な防寨(ぼうさい)を築く。これを見た諸葛亮は、ちょうど成都(せいと)から到着し...
吉川『三国志』の考察 第265話「孟獲(もうかく)」
進軍を続ける蜀軍(しょくぐん)に対し、ついに孟獲自身も王平(おうへい)の部隊と遭遇して一戦に及ぶ。 兵法を知る蜀軍を相手に、南蛮勢(なんばんぜい)は組織的な反撃ができないまま四散。錦帯山(きんたいざん)へ逃げた孟獲も、趙雲(ちょううん)の手...
吉川『三国志』の考察 第264話「南方指掌図(なんぽうししょうず)」
諸葛亮(しょかつりょう)は益州(えきしゅう)南部の諸郡を平定し、永昌(えいしょう)で孤軍奮闘していた太守(たいしゅ)の王伉(おうこう)と対面する。 王伉から呂凱(りょがい)を紹介された諸葛亮は、さっそく蛮国征伐についての意見を聴く。このとき...
吉川『三国志』の考察 第263話「南蛮行(なんばんこう)」
数年をかけ、蜀(しょく)の国力回復に努めた諸葛亮(しょかつりょう)。孟獲(もうかく)を中心とする勢力が南方の諸郡で騒動を起こすと、自ら討伐を行いたいと願い出て劉禅(りゅうぜん)の許しを得る。 諸葛亮は数十名の部将と50余万の大軍を整え、速や...
吉川『三国志』の考察 第262話「淮河の水上戦(わいがのすいじょうせん)」
魏(ぎ)の大艦隊は広陵(こうりょう)に達し、曹丕(そうひ)は旗艦を長江(ちょうこう)へ進め、対岸の様子を探らせる。偵察から戻った者の報告によれば、ひとりの民すら見かけなかったとのことだった。 だが一夜明けると、快晴の対岸には数百里にわたって...
吉川『三国志』の考察 第261話「建艦総力(けんかんそうりょく)」
曹丕(そうひ)は、呉(ご)が蜀(しょく)と同盟を結んだ事実が明らかになるや激怒し、ただちに大軍を南下させると言いだす。そして司馬懿(しばい)の進言を容れ、総力を挙げて軍船の建造に取りかかるよう命じた。 黄初(こうしょ)5(224)年8月、曹...
吉川『三国志』の考察 第260話「蜀呉修交(しょくごしゅうこう)」
魏(ぎ)の大攻勢に対し、諸葛亮(しょかつりょう)は孫権(そんけん)の動きを抑えるべく、鄧芝(とうし)を呉(ご)へ遣わした。 鄧芝は堂々たる態度で孫権との会見に臨み、蜀呉(しょくご)の国交回復の足場を築くことに成功。鄧芝の帰国に際し、孫権は答...
吉川『三国志』の考察 第259話「魚紋(ぎょもん)」
劉備(りゅうび)の死を聞いた曹丕(そうひ)は、司馬懿(しばい)の献策を容れ、五路の大軍を動かして蜀(しょく)の混乱に乗じようとする。 ところが、劉禅(りゅうぜん)の頼みとする諸葛亮(しょかつりょう)は朝廷に姿を見せず、丞相府(じょうしょうふ...