吉川『三国志』の全311話の考察を終えての総括です。特に印象に残った話をまとめてみました。
★各話の考察については「全311話の考察(タイトル一覧)」からご覧ください。
(一)桃園(とうえん)の巻
(第001話)「黄巾賊(こうきんぞく)」
壮大な物語の始まりに、黄河(こうが)のほとりに座っている劉備(りゅうび)を持ってきたことから深い意図が感じられます。
(第007話)「童学草舎(どうがくそうしゃ)」
関羽(かんう)が寺子屋の先生をしているという設定は、吉川先生の描く関羽像を端的に表すものでした。
(第018話)「舞刀飛首(ぶとうひしゅ)」
袁紹(えんしょう)の熱弁に動かされ、洛陽(らくよう)に諸侯の兵を集めようとする何進(かしん)。ふたりの密談を聞き、せせら笑う曹操(そうそう)が印象的。
(第019話)「蛍の彷徨い(ほたるのさまよい)」
新帝の御駕(ぎょが。天子〈てんし〉の乗り物)に近づく董卓(とうたく)を叱りつける陳留王(ちんりゅうおう。後の献帝〈けんてい〉)。このときは少年ながら大物感を漂わせていたのですけどね……。
(第022話)「春園走獣(しゅんえんそうじゅう)」
宴席で漢室(かんしつ)の行く末を悲観するお偉方を前に、ひとり末席で手を叩いて笑う曹操。やはりこの人は若いころからモノが違う。
(二)群星(ぐんせい)の巻
(第024話)「偽忠狼心(ぎちゅうろうしん)」
「我をして、天下の人に反(そむ)かしむるとも、天下の人をして、我に反かしむるを休(や)めよ」。いかにも曹操が言いそうな感じ。
(第027話)「関羽一杯の酒(かんういっぱいのさけ)」
曹操に預けた杯の酒が温かい間に華雄(かゆう)を討ち取って戻る関羽。小説の見せ場には違いない。
(第030話)「生死一川(せいしいっせん)」
「いま天下の大乱。この曹洪(そうこう)などはなくとも、曹操はなくてはなりません」。曹洪の泣かせるセリフでした。
(第038話)「絶纓の会(ぜつえいのかい)」
「絶纓の会」の故事がいい話だったので……。これは入れておきましょう。
(第040話)「人間燈(にんげんとう)」
董卓の誅殺と貂蟬(ちょうせん)の自刃。貂蟬の最期について吉川先生のアレンジに共感を覚えるのは、私が日本人だからでしょうね。
(三)草莽(そうもう)の巻
(第048話)「緑林の宮(りょくりんのみや)」
素蓆(すむしろ)を敷いただけの牛車で行幸を続ける献帝。その護衛は緑林(盗賊)の徒。
(第058話)「日時計(ひどけい)」
四散した劉繇(りゅうよう)の敗残兵を説き伏せて集めるという太史慈(たいしじ)。これを認める孫策(そんさく)の度量と、期待に応えてみせた太史慈の実力。
(第060話)「平和主義者(へいわしゅぎしゃ)」
呂布(りょふ)の神業により、劉備と袁術(えんじゅつ)の和睦成る。ちょっと強引なところもありましたが……。
(第064話)「淯水は紅し(いくすいはあかし)」
鄒氏(すうし)に夢中になるあまり、危機に陥った曹操。長子の曹昂(そうこう)に甥の曹安民(そうあんみん)、さらには忠臣の典韋(てんい)まで亡くしてしまいました。
(第065話)「陳大夫(ちんたいふ)」
陳珪(ちんけい)の巧みな立ち回りが目立ちます。呂布を言葉で思い通りに操る手並みがすごい。
(四)臣道(しんどう)の巻
(第081話)「青梅、酒ヲ煮テ、英雄ヲ論ズ(せいばい、さけをにて、えいゆうをろんず)」
野良仕事に精を出す劉備。その様子を心配して意見しに来た、関羽や張飛とのやり取りがおもしろかったです。
(第082話)「雷怯子(らいきょうし)」
「きみと予(私)とだ」。この後に雷光が閃(ひらめ)くという展開がまた……。いま天下の英雄たり得る者は、曹操と劉備のふたりだけと。
(第084話)「偽帝の末路(ぎていのまつろ)」
袁術の最期。もう蜜水(蜂蜜水)はありませんでした。
(第091話)「雷鼓(らいこ)」
禁裏(宮中)の酒宴で禰衡(ねいこう)が大暴れ。ふんどしひとつで罵る姿に、さすがの曹操も顔面蒼白。
(第100話)「破衣錦心(はいきんしん)」
せっかく手元に置いた関羽でしたが、彼のことではほろ苦い思いばかりさせられる曹操。
(五)孔明(こうめい)の巻
(第113話)「孫権立つ(そんけんたつ)」
孫策の死は早すぎました。これが10年後のことだったら、跡継ぎは孫権でなかったかもしれません。
(第115話)「溯巻く黄河(さかまくこうが)」
兵糧を巡る曹操と許攸(きょゆう)とのやり取りに見ごたえがありました。袁紹と内通していた者たちの書簡を焼かせる曹操、というのもよかったです。
(第116話)「十面埋伏(じゅうめんまいふく)」
ここまで兵力や財力で曹操を圧倒し続けていた袁紹の死。田豊(でんほう)らの適切な進言を容れることができず、必然とも言える敗北でした。
(第121話)「遼西・遼東(りょうせい・りょうとう)」
遼西への遠征に踏み切った曹操と、その征途での郭嘉(かくか)の病死。今後のさらなる活躍が見込まれた彼の離脱は、曹操にとって手痛いものでした。
(第133話)「立春大吉(りっしゅんだいきち)」
三度目の訪問にして諸葛亮(しょかつりょう)との対面を果たす劉備。ベタですが、これは入れておきます。
(六)赤壁(せきへき)の巻
(第134話)「出廬(しゅつろ)」
漢室再興にかける劉備の熱い思いを聴き、ついに仕える決断をする諸葛亮。ふたりの飛躍はここから始まりました。
(第137話)「蜂と世子(はちとせいし)」
継母の蔡氏(さいし)に命まで狙われる劉琦(りゅうき)。彼の立場はなかなか厳しい。
(第143話)「宝剣(ほうけん)」
当陽(とうよう)で孤軍奮闘する趙雲(ちょううん)。青釭(せいこう)の剣にも助けられました。
(第146話)「舌戦(ぜっせん)」
巧みな弁舌で呉(ご)の重臣たちを説破する諸葛亮。この人と議論しては勝てないなぁ……。
(第149話)「大号令(だいごうれい)」
周瑜(しゅうゆ)の密命を受け、柴桑(さいそう)に滞在中の諸葛亮を説得に行く兄の諸葛瑾(しょかつきん)。この人も十分に偉い兄貴だと思います。
(七)望蜀(ぼうしょく)の巻
(第165話)「赤壁の大襲撃(せきへきのだいしゅうげき)」
赤壁の戦いに関わる曹操の戦略には、今なお納得いかない部分もありますが――。この大敗で以後の計画が変わったことは確か。
(第169話)「白羽扇(びゃくうせん)」
正史には登場しない邢道栄(けいどうえい)ながら、諸葛亮に的を射た罵言を放ちます。実在の人物以上に人間っぽいところが感じられました。
(第178話)「荊州往来(けいしゅうおうらい)」
才能と風采の両方をたたえられる人物は当時も少なかったと思います。しかし周瑜は間違いなく、この時代を代表するスターでした。
(第183話)「渭水を挟んで(いすいをはさんで)」
先に大軍を渡河させてしまい、思わぬ危機に陥る曹操。許褚(きょちょ)の活躍で命拾いしましたが、これは史実の出来事。丁斐(ていひ)が牛馬を解放した件も同様です。
(第189話)「西蜀四十一州図(せいしょくしじゅういっしゅうず)」
ここまでの3話(187~189話)は張松(ちょうしょう)劇場。彼は劉璋(りゅうしょう)の忠臣とは言えませんけど、実に効果的な使われ方をしていたと思います。
(八)図南(となん)の巻
(第193話)「日輪(にちりん)」
漢朝に対する考え方に当初から食い違いがあった曹操と荀彧(じゅんいく)。荀彧は報われない形で最期を迎えましたが、彼なくして曹操の台頭はなかったでしょう。
(第198話)「落鳳坡(らくほうは)」
史実では雒城(らくじょう)攻めの最中に戦死したと思われる龐統(ほうとう)ですが、落鳳坡を絡めた描き方は心に響きました。
(第221話)「一股傷折(いっこしょうせつ)」
まさか夏侯淵(かこうえん)がここで討たれるとは……。それにしても黄忠(こうちゅう)は大手柄。
(第224話)「鶏肋(けいろく)」
ここも史実に味付けされてはいますが、己の才に滅んだ楊修(ようしゅう。楊脩)。誠に哀れな最期でした。
(第229話)「七軍魚鼈となる(しちぐんぎょべつとなる)」
ここまでの3話(227~229話)は龐徳(ほうとく。龐悳)が主役。柩(ひつぎ)を用意しての出陣から関羽との一騎討ち。そして、あくまで降伏を拒んでの処刑と……。
(九)出師(すいし)の巻
(第238話)「草喰わぬ馬(くさくわぬうま)」
劉備の片腕たる関羽の死。ただ、呂蒙(りょもう)の手腕も評価されていいはずで、関羽父子への思い入れだけとはいかないです。
(第242話)「曹操死す(そうそうしす)」
曹操の死。もし彼がいなければ、まだまだ中原(ちゅうげん。黄河中流域)の戦乱は続いたことでしょう。
(第244話)「七歩の詩(しちほのし)」
このエピソードは兄弟間の複雑な感情を表現しており、単に曹植(そうしょく)の才だけを印象づけようとするものではなかったと思います。
(第248話)「桃園終春(とうえんしゅうしゅん)」
あっけない張飛の死。確かに不完全燃焼だったのでしょうけど、彼の場合は自省すべき点もありましたか……。
(第258話)「遺孤を託す(いこをたくす)」
劉備の死。何だかんだ言っても、劉氏の看板一枚から蜀の建国まで持っていったのですから、やはり英雄には違いない。
(十)五丈原(ごじょうげん)の巻
(第280話)「美丈夫姜維(びじょうふきょうい)」
人材難の蜀に姜維が加入。だいぶ史実より若い設定になっていましたが、小説の中では最終盤に登場した希望の星的な存在です。
(第286話)「馬謖を斬る(ばしょくをきる)」
もう少し馬謖に謙虚さがあったなら――。それでも彼ひとりの力では、末期の蜀を立て直すのは難しかったでしょうけど。
(第288話)「二次出師表(にじすいしのひょう)」
趙雲の死。この人には劉備や劉禅(りゅうぜん)をはじめ、お世話になった人が多いですよね。
(第309話)「秋風五丈原(しゅうふうごじょうげん)」
諸葛亮がいなければ三国時代はなかったかもしれません。文字通りの粉骨砕身ぶりで、中盤以降は彼が主役でした。
(第310話)「死せる孔明、生ける仲達を走らす(しせるこうめい、いけるちゅうたつをはしらす)」
走らされた司馬懿を笑おうというのではありません。諸葛亮の偉大さを素直に認めていた司馬懿の大きさを、また同様に評価したいのです。
まとめのまとめ
この話がよかったという感じ方は人それぞれですから……。ここで挙げたリストもサッと読み流してください。本編の自己コメントでも大したことは書けませんでしたが、少しでも吉川『三国志』のポイントをつかむ手助けになればと思います。
こうして一話ずつ詳しく見ていくと、巧みな場面描写や語彙(ごい)の豊かさなど、とにかく圧倒されっぱなしで……。やはり、吉川『三国志』は不朽の名作ですね。
テキストについて
『三国志』(全10巻)
吉川英治著 新潮社 新潮文庫
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記事作成にあたり参考にさせていただいた各種文献の詳細は三国志の世界を理解するために役立った本(参考文献リスト)をご覧ください。
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