淮南(わいなん)の袁術(えんじゅつ)は徐州(じょしゅう)の呂布(りょふ)に莫大(ばくだい)な財貨を贈り、自軍が小沛(しょうはい)の劉備(りゅうび)を攻めるにあたり、あらかじめ呂布の動きを封じておこうとする。
ところが、袁術配下の紀霊(きれい)が軍勢をひきいて小沛に到着すると、両軍の間に呂布が陣を布(し)いていた。すぐさま紀霊から激しい抗議を受ける呂布だったが――。
第060話の展開とポイント
(01)淮南 寿春(じゅしゅん)
袁術は孫策(そんさく)から、かねて預けた伝国の玉璽(ぎょくじ)を返してほしいとの手紙を受け取る。当時借りた兵馬に値するものは10倍にもして返すという。
★孫策が袁術に伝国の玉璽を預け、兵馬を借りたことについては先の第54話(01)を参照。
袁術は議閣に30余人の諸将を集めて対応を諮る。長史(ちょうし)の楊大将(ようたいしょう)や都督(ととく)の長勲(ちょうくん)をはじめ、紀霊・橋蕤(きょうずい)・雷薄(らいはく)・陳蘭(ちんらん)といった歴々が残らず顔をそろえた。
★楊大将がわかりにくい。『三国志』(呉書〈ごしょ〉・孫策伝)によると袁術の長史を務めていたのは楊弘(ようこう)。ただ『三国志演義(1)』(井波律子〈いなみ・りつこ〉訳 ちくま文庫)(第15回)でも楊大将としているので、吉川『三国志』でもあえてそうしてあるのかもしれない。
★また長勲は張勲の誤り。吉川先生の原文がそうなっているようなので、ここ(新潮文庫版)もあえてそのままにしてあるのだろう。
諸将の多くは江東(こうとう)への派兵を勧めるが、楊大将は反対。先に小沛の劉備と徐州の呂布を除くべきだと主張する。
さらにふたりの間を裂く計として、以前に呂布に与えると約束した兵糧5万斛(ごく)、金銀1万両、馬、緞子(どんす。練り糸で織った厚い絹織物)などをすべて引き渡すよう勧める。袁術は即座に同意した。
★袁術が呂布に財貨を贈る約束をしたことについては、先の第53話(02)を参照。なお井波『三国志演義(1)』(第16回)では(先に贈ると約束したものではなく)、袁術は20万斛の穀物を用意し、これを密書とともに韓胤(かんいん)に命じて届けさせていた。
(02)徐州
今になり袁術から約束の財貨が贈られてくると、呂布は喜ぶと同時に疑心も起こす。
見解を尋ねられた陳宮(ちんきゅう)は見え透いたことだと笑い、「あなたを牽制(けんせい)しておいて、一方の劉備を討とうという考えでしょう」と言う。
呂布は彼の意見に従い、贈られた財貨を遠慮なく受け取ったうえで、事の成り行きを見守ることにした。
数日後、袁術軍が怒濤(どとう)のように動きだした、との知らせが届く。紀霊の指揮する10万の軍勢が長駆して小沛の県城へ進軍中だという。
一方の劉備からは救援を求める早馬が着く。呂布は密かに小沛へ加勢の兵を回し、自らも両軍の間に出陣した。
(03)小沛の城外 呂布の本営
小沛に到着した紀霊。意外な形勢を見て、呂布に激烈に抗議する。
そこで呂布は2通の手紙を書き、紀霊と劉備を同じ日に招いた。劉備が関羽(かんう)と張飛(ちょうひ)を連れて招きに応ずると、やがて紀霊もやってくる。
呂布は、招いたのは和睦の仲裁をするためだと言い、自分を挟んで右に劉備を、左に紀霊を、それぞれ座らせ酒宴に臨む。
やがて張飛が紀霊や呂布を罵り、怒った紀霊が剣を鳴らして立ちかけたところ、呂布は家臣に命じ画桿(がかん。柄の部分に彩画が施されている)の大戟(おおほこ)を持ってこさせる。そして双方に、和睦を命じているのは自分ではなく天だと言う。
呂布は閣から走り出すと、彼方(かなた)の轅門(えんもん。陣中で車の轅〈ながえ〉を向かい合わせ、門のようにしたもの)のそばまで行き、戟を逆さまに突き刺して帰ってきた。
そのうえで、ここから150歩の距離にある戟の枝鍔(えだつば)を狙って一矢を射てみせると言い、首尾よく当たったら、天の命を奉じて和睦を結んで帰るよう提案。もし当たらなかったら、自分は手を引き干渉しないとも言う。
紀霊は当たるはずがないと思って同意。劉備も「お任せする」と言うしかなかった。
呂布は席に着き直ってしばらく飲んでいたが、酔いがポッと顔に兆してきたころ、「弓をよこせ!」と家臣に怒鳴る。
呂布が閣の前に出、正しく片膝を折って一矢を放つと、戟の枝鍔は星のように飛び散り、矢は砕けて3つに折れた。
呂布は紀霊に、袁術へはこちらから書簡を送っておくと言い追い返す。劉備も売り付けられた恩とは知りながらも、拝謝して小沛へ帰っていった。
管理人「かぶらがわ」より
小沛の劉備のもとに押し寄せた袁術軍を、たった一本の矢で救った呂布の神業。こういうところを見ると、やはり彼の性格面の問題が惜しまれます。どこかにいいポジションがあったはず、と思われてならないのですよね……。ホント惜しい。
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