吉川『三国志』の考察 第038話 「絶纓の会(ぜつえいのかい)」

貂蟬(ちょうせん)への想いを断ち切れない呂布(りょふ)は、董卓(とうたく)との溝を深めていく。

李儒(りじゅ)はこの状況に危険を感じ、「絶纓の会」の故事を引き董卓に翻意を促す。

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第038話の展開とポイント

(01)長安(ちょうあん) 丞相府(じょうしょうふ)

日を経て董卓(とうたく)の病もすっかりよくなる。呂布(りょふ)のほうも以前よりやや無口になったものの、日々精勤して丞相府への出仕を欠かさない。

あるとき董卓が、天子(てんし。献帝〈けんてい〉)に政事(まつりごと)を奏するため昇殿し、呂布はいつものように戟(げき)を執り内門に立っていた。

ふと呂布は、今日は必ず董卓の退出が遅くなるはずだと思い、ひとりで丞相府へ戻ると、後堂へ忍んでいき貂蟬(ちょうせん)を捜す。

(02)長安 丞相府 鳳儀亭(ほうぎてい)

貂蟬から後園の鳳儀亭で待つよう言われた呂布。ほどなく貂蟬もやってきて密会する。

ここで貂蟬が、自分は王允(おういん)の真の子でないことなどを打ち明けていた。このことについては先の第35話(03)を参照。

呂布が、董卓を除く気持ちがあることを匂わせていたところへ、朝廷から退出した董卓が、彼方よりただならぬ血相で歩いてくる。すぐに見つかってしまうと、呂布は物も言わず逃げ去った。

そこへ李儒(りじゅ)が駆けつけ、呂布の首を刎(は)ねると怒っていた董卓をなだめ、閣の書院に伴う。

(03)長安 丞相府 書院

李儒はあくまで呂布を斬らないよう諫め、「絶纓(ぜつえい)の会」の故事を引き、楚(そ)の荘王(そうおう)の大度(たいど)を味わってほしいと諭す。董卓も思い直して呂布の命を助け、もう怒らないことにした。

ここで語られていた「絶纓の会」の故事の概要は以下の通り。

楚の荘王が楚城で盛宴を開き、武功のあった諸将をねぎらったときのこと、宴の途中でにわかに涼風が吹き渡り、満座の灯火が消えてしまった。この間、酌をするため宴席に侍っていた荘王の寵姫に戯れ、その唇を盗んだ武将がいた。

寵姫は叫ぶのをこらえて武将の冠の纓(おいかけ。〈冠の〉紐〈ひも〉)をむしり取り、この旨を荘王に訴えた。すると荘王は、今しも燭(しょく)を点ぜようとしていた侍臣を制止する。

そして、みなに冠の纓を取るよう命じ、さらに無礼講として飲み明かした。みなが冠の纓を取ってから新たに燭を灯させたため、誰が寵姫の唇を盗んだのかはわからなかった。

その後、荘王は秦(しん)との大戦で大軍に囲まれ討ち死にを覚悟する。その時、ひとりの勇士が乱軍を突いて駆け寄り、必死の働きで一方の血路を切り開き救った。

荘王が、わが身に代えて守護してくれた勇士に名や理由を尋ねると、手負いの勇士は、先年の楚城の夜宴で、王の寵姫に冠の纓をもぎ取られた痴者だと明かし、ニコと笑い死んでいった。

『三国志演義(1)』(井波律子〈いなみ・りつこ〉訳 ちくま文庫)の訳者注によると「この故事は『説苑(ぜいえん)』復恩篇を出典とするが、(吉川『三国志』で)『秦との大戦』とあるのは『晋(しん)との大戦』とするのが正しい」という。

(04)長安 丞相府 後堂

董卓は、自身が仲立ちをして貂蟬を呂布の妻に遣ろうと考えたものの、それを聞いた貂蟬は董卓の剣を抜き取り自殺しようとする。この様子を見た董卓は考えを変え、やはり貂蟬を手元に置くことにした。

(05)長安 丞相府

翌日に李儒が、今日は幸い吉日なので、貂蟬を呂布の家に送られてはどうかと進言。ところが董卓はこの進言を一蹴(いっしゅう)。車駕(しゃが。本来は天子の乗る車の意)を整えて1万の兵馬に前後を守らせると、貂蟬を擁し郿塢(びう)へ発ってしまった。

管理人「かぶらがわ」より

「絶纓の会」の故事は涙を誘う話でした。機転を利かせた寵姫のほうにも何らかの褒美があってしかるべきだったと思いますけど――。

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(02) 群星の巻 吉川『三国志』
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