吉川『三国志』の考察 第094話 「美童(びどう)」

太医(たいい)の吉平(きっぺい)が持ち出した妙計のおかげで、春先にはすっかり董承(とうじょう)の体調も回復した。

しかしある晩、董承が秘妾(ひしょう)と密会していた召し使いの慶童(けいどう)を厳しく罰したことから、事態は思わぬ方向へ転がる……。

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第094話の展開とポイント

(01)許都(きょと) 董承邸(とうじょうてい)

冬を越え南枝の梅花のほころびが見えたころ、董承はすっかり本復し、後閣の苑(にわ)を逍遥(しょうよう。ぶらぶらすること)できるまでになる。

今宵もひとりで後苑(こうえん)を歩いていたが、秘妾(ひしょう)と召し使いの慶童(けいどう)が密会しているのを見つけた。

「慶童」については前の第93話(02)を参照。

『三国志演義(2)』(井波律子〈いなみ・りつこ〉訳 ちくま文庫)(第23回)では慶堂と(董承の側室の)雲英(うんえい)とも、棒で背中を40回ずつ叩かれたとある。慶堂のほうは人目につかない部屋に押し込め、鎖で縛りつけておいたともあった。

董承は、ふたりの処分を明日にして部屋へ戻ったが、慶童は夜中のうちに縄をかみ切り逃げてしまう。

ここで、慶童が幼少の時に金で買われてきた奴隷であることや、生まれつき容姿端麗だったことなどが語られていた。

(02)許都 丞相府(じょうしょうふ)

屋敷から逃げ出した慶童は深夜に丞相府の門を叩き、董承らの計画を訴え出る。曹操(そうそう)は子細を聞き取ると、慶童を府内にかくまっておくよう命じたうえ、みなに口止めした。

(03)許都 薬寮(典薬寮〈てんやくりょう〉)

翌日、その翌日と、丞相府の奥では不気味な平常が続いていた。

だが、4、5日目の明け方、にわかに使いが薬寮を訪ね、曹操が持病の「頭風(とうふう)」を起こしたとして吉平(きっぺい)に来診を求める。吉平はかねて用意していた毒を薬籠(やくろう)の底に潜め、供の者ひとりを連れて向かった。

井波『三国志演義(2)』(第23回)では、曹操が吉平を召し寄せたのは、慶堂の密告を聴いた翌日のこと。

(04)許都 丞相府

横臥(おうが)していた曹操は吉平の顔を見るなり痛みを訴え、いつもの薬を調合するよう言う。

吉平は脈を診てから次の間に退がり、やがて器に熱い煎薬(せんやく)を捧げ、牀(しょう。寝台)の下にひざまずいた。

半身をもたげた曹操は、薬碗(やくわん)から立ち上る湯気をのぞきながら、いつもとは匂いが違うようだとつぶやく。

ギョッとした吉平だったが、両手で捧げている薬碗に震えも見せず、和やかな目笑で応ずる。

すると曹操は突然、これは毒薬だろうと言いだし、吉平に飲んでみるよう迫った。

その怒号に一団の壮丁(成年に達した一人前の男)が飛び出し、吉平を高手小手(両手を後ろに回して、二の腕〈高手〉から手首まで厳重に縛ること)に縛り上げてしまう。

吉平は丞相府の苑に引き出され、武士や獄卒から拷問を受ける。しかし悲鳴ひとつ上げない。曹操は侍臣を遣り、聴訴閣(ちょうそかく)の階下に引き据えさせた。

そして自ら詰問し、企みの背後にいる者を残らず話せば、命だけは助けてやると言う。

吉平は笑い、御身(あなた)を殺そうと念じている者は天下にあふれるほどいるので、いちいち名は挙げられないと答える。曹操は獄卒たちに命じ、さらに拷問を続けさせた。

その後も連日、苛責(かしゃく)が加えられたが、吉平はひと口も開かない。

そこで曹操は一計を案じ、近ごろ微恙(びよう。軽い病気)だったが快癒した、と表へ触れさせる。そのうえで知己(知り合い)に招宴の賀箋(がせん。手紙)を配った。

ある夕べ、丞相府の宴には大勢の客が迎えられ、曹操配下の群臣も陪席する。今宵の曹操はひどく機嫌がよく、客もみな心を許していた。

宴の空気がたけなわと見えた折ふし、曹操が急に立ち上がり、「各位のご一笑までに、ちょっと変わったものをご覧に入れる」と言い、傍らの侍臣に何か小声で言いつける。

そこへ現れたのは、10人の獄卒と荒縄でくくられた吉平だった。

井波『三国志演義(2)』(第23回)では、吉平を引っ張ってきたのは20人の獄卒。

曹操は吉平に一味の名を白状しろと言うと、獄卒に命じてこの場で拷問を加え始める。

満座、酒を醒(さ)まさぬ顔はひとつとしてなかったが、分けてもガクガクと震えおののいていたのは、王子服(おうしふく)・呉子蘭(ごしらん)・种輯(ちゅうしゅう)・呉碩(ごせき)の4人だった。

酒宴の客がコソコソと堂の四方から逃げ出したので、王子服たちも隙(すき)を見て扉のそばまで逃げかけたが、曹操は声をかけ、しばらく待つよう言う。そして武士たちに命じ、彼ら4人を別の閣へと連れていく。

王子服がそらとぼけると、曹操はその頰(ほお)を嫌というほど平手打ちし、血の密詔のことにも触れる。

なお王子服が思い当たりがないと言うと、曹操は慶童を連れてくるよう言い、この4人に馬騰(ばとう)と劉備(りゅうび)を加えた一味6人が、義状に連判したことをしゃべらせた。

こうして改めて自白を迫るが、みな知らないと言い続け身の処置を委ねる。曹操は「もう問わん」と言い、閣外へ立ち去った。その翌日、1千余騎を従え、車馬の行装も物々しく公然と董承の屋敷を訪問する。

管理人「かぶらがわ」より

まさに修羅場だった第94話。董承が慶童と秘妾の密会を見つけたことから、事態が思わぬ方向へ転がってしまいました。拷問を加えられても同志の名を吐かない吉平が痛々しい……。

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吉川『三国志』 (4) 臣道の巻
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