吉川『三国志』の考察 第082話 「雷怯子(らいきょうし)」

丞相府(じょうしょうふ)の南苑(なんえん)にある小亭で酒を酌み交わしながら、当今の英雄について論じ続ける曹操(そうそう)と劉備(りゅうび)。

そのうち曹操から唯一のライバルとして警戒されていることを知った劉備は、突然の雷鳴に驚いたふりをし箸(はし)を投げるや、両耳をふさぎ席に伏す。

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第082話の展開とポイント

(01)許都(きょと) 丞相府(じょうしょうふ) 南苑(なんえん)

雨も上がり再び歩きだす曹操(そうそう)と劉備(りゅうび)。しばらくすると曹操は、当今の英雄について、という最前の質問を繰り返す。

劉備もかわしきれなくなり、淮南(わいなん)の袁術(えんじゅつ)の名を挙げる。曹操は笑い、袁術はもう生きている英雄ではなく、塚の中の白骨だと言う。

次に劉備は河北(かほく)の袁紹(えんしょう)の名を挙げる。曹操はなお笑って、袁紹は肝の薄い、決断のない、いわゆる疥癬(かいせん)の輩(ともがら)だと言う。

この記事の主要テキストとして用いている新潮文庫の註解(渡邉義浩〈わたなべ・よしひろ〉氏)によると「(疥癬は)皮膚病を引き起こす疥癬虫(ダニの一種)のような、微弱な外患のこと」だという。

劉備が誰の名を挙げてみても、こういう調子で真っ向から否定する。ただ、否定はするが曖昧(あいまい)ではない。

こうして当今の英雄について劉備が名を挙げ、曹操が論破しているうちに、酒席の小亭の前まで来ていた。

梅の実を肴(さかな)に酒を酌み交わすふたり。さらに当今の英雄について論じ続ける。ここで劉備は荊州(けいしゅう)の劉表(りゅうひょう)の名を挙げた。

曹操は、劉表の領治などは部下の小利口な奴がやっているにすぎないとして、劉表の短所は酒色に溺(おぼ)れやすいところだと言う。呂布(りょふ)と共通なところがあるとも。

ここで劉備が、劉表が「八俊(はっしゅん)」と呼ばれていることを語っていた。新潮文庫の註解によると「(八俊とは、)後漢(ごかん)末に流行した人物評の番付のひとつ。『三国志演義』は劉表が『江夏(こうか)の八俊』のひとりに数えられたとする。『後漢書(ごかんじょ)』では劉表は『八及(はっきゅう)』のひとり」という。

続いて劉備は呉(ご)の孫策(そんさく)の名を挙げた。曹操は笑い飛ばさずに小首をかしげる。しかし、奇略が一時の功を奏しても、もともと父の盛名という遺産を受けて立った黄口の小児だと言う。

劉備が益州(えきしゅう)の劉璋(りゅうしょう)の名を挙げると、「あんな者は門を守る犬だ」と切り捨てる曹操。

最後に劉備は張繡(ちょうしゅう)・張魯(ちょうろ)・韓遂(かんすい)の名も挙げるが、曹操は手を打ってあざ笑うだけだった。

曹操は言う。「英雄とは大志を抱き、万計の妙を蔵し、行ってひるまず時潮に遅れず、宇宙の気宇や天地の理を体得して万民の指揮に臨む者でなければならない」と。

こう聞いた劉備は、今の世にそのような資質を備えた人物を求めるのは無理だと応ずる。すると曹操はいきなり劉備の顔を指差し、その指を返して自分の鼻を指す。

そしてこう言った。「きみと予とだ。いま天下の英雄たり得る者は大言ではないが、予と足下(きみ)のふたりしかあるまい」

その言葉も終わらないうち、青白い雷光がふたりの膝(ひざ)へ閃(ひらめ)く。沛然(はいぜん)たる大雨とともに雷鳴が轟(とどろ)き、どこかの大木に雷が落ちたようだった。

劉備は手にしていた箸(はし)を投げ、両耳をふさいで席に伏してしまう。あまりの彼のおののきに、居合わせた美姫たちまで笑いこけた。

曹操は疑い、顔も上げないでいる劉備を厳しい目で見ていたが、美姫たちまで嘲笑(ちょうしょう)したので思わず苦笑の口元を歪(ゆが)める。

劉備が生来、雷鳴が大嫌いだと話すと、とうとう曹操は自分の都合のよいように喜んでしまった。

ちょうどそのころ南苑の門では、関羽(かんう)と張飛(ちょうひ)が中に入れろと言い、番卒ともめていた。ふたりは追ってきた役人や兵士たちを退け苑内に躍り込む。そして酒席の小亭まで来て、帰りかけていた劉備の姿を見つける。

曹操からとがめられると関羽は、酒宴の席で剣舞を披露して一興を添えるつもりだったと、苦しげな言い訳をした。

ここで曹操が関羽と張飛に、「今日はいにしえの『鴻門(こうもん)の会』ではないぞ……」と笑って言っていた。

新潮文庫の註解によると「(『鴻門の会』とは)『史記(しき)』項羽本紀(こううほんぎ)にある故事。項羽と劉邦(りゅうほう)は鴻門において会見するが、宴会の最中に項羽側が劉邦を斬ろうと項荘(こうそう)に剣舞を命じる。しかし、項伯(こうはく)がそれを察してともに剣舞をして劉邦をかばい、そこへ劉邦の忠臣樊噲(はんかい)が押し入ったために、劉邦が九死に一生を得た」という。

曹操から酒を賜ったふたり。張飛は腹いせのように痛飲したが、関羽は曹操の目が逸(そ)れた隙(すき)に、口に含んだ酒を後ろへ吐いてしまった。

虎口(ここう)の門を逃れ出た劉備の車は、関羽と張飛に守られながら客館へ戻っていく。

管理人「かぶらがわ」より

この第82話は、曹操と劉備が当今の英雄について論じ合う形を取ることにより、現在の群雄割拠の状況を読み手に把握してもらおう、という意図があったのだと思います。

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吉川『三国志』 (04) 臣道の巻
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