白馬(はくば)の地で激突した曹操軍(そうそうぐん)と袁紹軍(えんしょうぐん)。曹操は袁紹配下の顔良(がんりょう)に手を焼き、味方の部将が次々と討たれてしまう。
そこで曹操は程昱(ていいく)の進言を容れ、許都(きょと)に残した関羽(かんう)を呼び寄せる。関羽は戦況を聞くと、すぐさま顔良めがけて赤兎馬(せきとば)を飛ばす。
第102話の展開とポイント
(01)白馬
袁紹軍の先鋒たる顔良の疾駆するところ、草木もみな朱(あけ)に伏した。曹操軍の数万騎には猛者も多いが、ひとりとして当たり得る者がいない。
曹操が本営の高所から声を絞ると、魏続(ぎぞく)が名乗りを上げる。彼は先に顔良に討たれた宋憲(そうけん)の親友だった。
★宋憲が顔良に討たれたことについては、前の第101話(04)を参照。
魏続は長桿(ちょうかん)の矛を執り、まっしぐらに駆け出し、敢然と馬首をぶつけて挑む。
しかし黄塵(こうじん)煙るところ、刀影わずか7、8合、顔良の一喝に人馬もろとも斬り倒された。続いて名乗りかける者、取り囲む者、ことごとく顔良の好餌となるばかり。
さすがの曹操も肝を冷やし、舌打ちしておののいた。顔良ひとりのために右翼が壊滅し、その余波は中軍まで及んでくる。
そのとき中軍の一端から霜毛馬(そうもうめ)にまたがり、白炎のごとき一斧(いっぷ)を引っ提げ徐晃(じょこう)が出た。
徐晃と顔良の刀斧(とうふ)は烈々と火を降らせて戦ったが、20合、50合、70合と得物も砕けるかと見えながら、なお勝負はつかない。
それでも顔良は弱冠の徐晃を次第に疲れさせていた。さしもの徐晃も斧(おの)をなげうち乱軍の中へ逃げ込む。
薄暮が迫ると、やむなく曹操は10里ばかり陣を退き、その日は辛くも難を免れた。
翌朝、程昱が献言し、このようなときこそ関羽を召されてはどうかと勧める。曹操は、関羽に功を立てさせたら自分のもとから去るだろうと心配した。
だが程昱は、もし関羽が顔良を討ったら、いよいよ恩をかけて寵用なさればいいことだと言う。
納得した曹操はすぐ関羽に直書(じきしょ)を送り、急ぎ白馬の戦場に駆けつけるよう伝えた。
(02)許都 関羽邸
関羽は物の具に身を固めて内院へ進み、劉備(りゅうび)の二夫人に子細を語るとしばしの別れを告げる。
(03)白馬 曹操の本営
曹操は布陣図のようなものを囲み、皆で謀議に鳩首(きゅうしゅ)していた。そこへ関羽の着陣が告げられると、曹操は諸将を打ち捨て大股で迎えに行く。
(04)白馬
曹操はこの数日の惨敗を飾らずに伝え、関羽を促し戦場が一望できる山に登る。そのうち敵の顔良が陣頭に出ると、またも味方が崩れ立つ様子が見えた。
袁紹軍の質や装備は段違いだと曹操が驚嘆していると、関羽は笑い、自分の目には墳墓に並べて埋葬する犬鶏の木偶(でく。木彫りの人形)や泥人形のようにしか見えないと言う。
続いて曹操は、顔良を見るからに万夫不当の猛将らしいとたたえるが、やはり関羽は、顔良は背に標(ふだ)を立て、自分の首を売り物に出している格好だと言う。
曹操は、関羽があまりにも顔良を軽んずるのでいぶかるが、関羽は、広言ではない証拠を今すぐにお見せすると断言。
そして関羽は士卒に赤兎馬を引かせ、兜(かぶと)を脱ぎ鞍(くら)に結びつけると、青龍の偃月刀(えんげつとう)を抱え、たちまち山道を駆け下りていった。
82斤という偃月刀が鞍上(あんじょう)から左右の敵兵を薙(な)ぎ始めると、圧倒的な優勢を誇っていた袁紹軍はにわかに崩れ立つ味方を見て疑う。
顔良は、劉備の義弟の関羽が来たと聞くとサッと大将幡(たいしょうばん。大将の旗)の下を離れ、電馳(でんち)して駒を向けた。
「顔良は汝(なんじ)かっ!」と関羽。
対して顔良は「おっ、我こそは――」とだけで、次を言い続ける間はない。
青龍の偃月刀は、ぶうっんと落ちてくる。顔良は一刀も報いることなく、ただ一揮に斬り下げられていた。
関羽はその首を取ると、敵味方の中を駆けてどこかへ行ってしまったが、その間まるで戦場に人はいないようだった。
袁紹軍は旗を捨て、鼓も取り落とし壊乱を起こす。これは戦機を察した曹操が、ただちに総掛かりを命じて攻勢に転じたためだった。
関羽は以前の山に戻り、曹操の前に顔良の首を置く。曹操はただ舌を巻き、彼の勇を神威だと嘆賞してやまなかった。
すると関羽は、自分の義弟の張飛(ちょうひ)なら、大軍の中に入り大将軍の首を持ってくること、木に登って桃を取るよりたやすくしてしまうと言う。
曹操は肝を冷やし、左右の者に冗談半分に言った。張飛という名を帯の端や襟の裏に書いておけと。そういう超人的な猛者に会ったら、ゆめゆめ軽々しく戦うなと。
管理人「かぶらがわ」より
顔良ひとりにやられっぱなしの曹操軍でしたが、その顔良を関羽が一刀両断しました。第27話(03)の「まだ酒は温かかった」以来となる見せ場でしたね。
なお、この第102話のタイトルに使われている「隻手」は片手や独力という意味です。ここでは、関羽が顔良を簡単に討ち取った様子を「(恩に報ずる)一隻手」で表しているのだと思います。
テキストについて
『三国志』(全10巻)
吉川英治著 新潮社 新潮文庫
Yahoo!ショッピングで探す 楽天市場で探す Amazonで探す
記事作成にあたり参考にさせていただいた各種文献の詳細は三国志の世界を理解するために役立った本(参考文献リスト)をご覧ください。
コメント ※下部にある「コメントを書き込む」ボタンをクリック(タップ)していただくと入力フォームが開きます