【姓名】 孫炎(そんえん) 【あざな】 叔然(しゅくぜん)
【原籍】 楽安郡(らくあんぐん)
【生没】 ?~?年(?歳)
【吉川】 登場せず。
【演義】 登場せず。
【正史】 登場人物。『魏書(ぎしょ)・王朗伝(おうろうでん)』に付された「孫叔然伝」あり。
東州の大儒とたたえられた鄭玄(ていげん。じょうげん)の弟子
父母ともに不詳。晋(しん)の武帝(ぶてい。司馬炎〈しばえん〉)と同名であるため、あざなが呼称になっている。
孫叔然は鄭玄に学び、人々から東州の大儒とたたえられた。秘書監(ひしょかん)に任ぜられたものの就任しなかった。
また、王粛(おうしゅく)が「聖証論(せいしょうろん)」を著して鄭玄を批判したとき、孫叔然はその論を反駁(はんばく)し師の鄭玄を弁護した。
さらに『周易(しゅうえき)』『春秋例(しゅんじゅうれい)』『毛詩(もうし)』『礼記(らいき)』に加え、「春秋三伝」や『国語(こくご)』『爾雅(じが)』の注釈を作り、10余編の注釈書を著した。
★「春秋三伝」とは『左氏伝(さしでん)』『公羊伝(くようでん)』『穀梁伝(こくりょうでん)』のこと。
管理人「かぶらがわ」より
登場箇所が少ないためコメントしにくいです。王粛との学者つながりで収録されているようですが、記事の内容はあっさりとしていました。
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