孫該(そんがい)

【姓名】 孫該(そんがい) 【あざな】 公達(こうたつ)

【原籍】 任城郡(じんじょうぐん)

【生没】 ?~261年(?歳)

【吉川】 登場せず。
【演義】 登場せず。
【正史】 登場人物。『魏書(ぎしょ)・劉劭伝(りゅうしょうでん)』に付された「孫該伝」あり。

『魏書』の編纂(へんさん)にも関わった学者

父母ともに不詳。

孫該は学問を好み記憶力にも優れていた。20歳で「上計掾(じょうけいえん)」となった後、召されて「郎中(ろうちゅう)」に任ぜられ『魏書』を著す。

ここで言う『魏書』は、もちろん陳寿(ちんじゅ)が著した(『三国志』の)『魏書』とは別物。王沈(おうしん)らが別に著した『魏書』の編纂に孫該も関わっていたということだろうか?

のち孫該は「博士(はくし)・司徒右長史(しとゆうちょうし)」を経て「著作郎(ちょさくろう)」となり、261年に在官のまま死去した。

管理人「かぶらがわ」より

登場箇所が少ないためコメントしにくいです。上で挙げた記事は本伝の裴松之注(はいしょうしちゅう)に引く荀勗(じゅんきょく)の『文章叙録(ぶんしょうじょろく)』によるもの。

本伝では「陳郡太守(ちんぐんたいしゅ)の任城の孫該」として、文章や賦(ふ)をよくした人物のひとりとして名が見える程度。なので、彼に関する詳しい事績はわかりませんでした。

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