曹偃(そうえん) ※魏(ぎ)の相懐王(しょうかいおう)

【姓名】 曹偃(そうえん) 【あざな】 ?

【原籍】 沛国(はいこく)譙県(しょうけん)

【生没】 ?~236年(?歳)

【吉川】 登場せず。
【演義】 登場せず。
【正史】 登場人物。

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曹潜(そうせん)の息子? 相懐王(しょうかいおう)

父は曹潜の可能性が高いが、母は不詳。

234年、曹偃は233年に薨去(こうきょ)した曹潜の跡を継ぎ、相王(しょうおう)に封ぜられた。封邑(ほうゆう)は2,500戸だった。

236年に薨去したが息子はおらず、封国は没収された。

その後、255年になり、楽陵王(らくりょうおう)の曹茂(そうぼう)の息子である陽都郷侯(ようときょうこう)の曹竦(そうしょう)が、曹鑠(そうしゃく。曹潜の父)の跡継ぎとして立てられた。

管理人「かぶらがわ」より

登場箇所が少ないためコメントしにくいです。具体的な事績についての記事がなく、どのような人物だったのかはわかりませんでした。

また『三国志』(魏書〈ぎしょ〉・相殤王鑠伝〈しょうしょうおうしゃくでん〉)を見た限りでは、この曹偃が曹鑠の息子(曹潜の弟)なのか、曹潜の息子なのかがイマイチわかりにくかったです。

『三国志全人名事典』(『中国の思想』刊行委員会編著 徳間書店)を見ると、曹偃は曹潜の子だとありました。ですが同書の「曹氏系譜」を見ると、曹偃は曹潜の下(息子)ではなく、隣(弟)に置かれていました。

曹鑠と曹潜は親子ですが、曹潜と曹偃も親子と見ていいのかどうか?

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