岑昬(しんこん)

【姓名】 岑昬(しんこん) 【あざな】 ?

【原籍】 ?

【生没】 ?~280年(?歳)

【吉川】 登場せず。
【演義】 第120回で初登場。
【正史】 登場人物。

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民を苦しめたという呉(ご)の九卿(きゅうけい)

父母ともに不詳。

岑昬は孫晧(そんこう)に取り入り九卿の位まで昇ったものの、たびたび民を土木工事に駆り出してひどく苦しめた。

280年、孫晧の親近者ら数百名が叩頭(こうとう)して処刑を乞うた結果、ついに岑昬は誅殺された。

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管理人「かぶらがわ」より

上で挙げた記事は『三国志』(呉書〈ごしょ〉・孫晧伝)によるものです。また、その裴松之注(はいしょうしちゅう)に引く干宝(かんぽう)の『晋紀(しんき)』には、岑昬が処刑された件についていくらか詳しく語られていました。

280年、晋の大攻勢を受けた呉は各地で大敗し、都の建業(けんぎょう)に日ごと敵軍が迫ってくるという状況まで追い込まれます。ところが呉の兵士たちは、すでに民の信望を失って久しい孫晧のために戦おうとしません。

そこで孫晧は親近者たちの言うまま、その元凶と名指しされた岑昬を処刑して人々に謝罪しようかとつぶやきました。するとみなすぐに立ち上がり、岑昬を捕らえて刑場へ引き出します。

驚いた孫晧は次々に人を遣り執行を中止させようとしましたが、すでに岑昬は処刑された後だったのだとか――。滅亡直前の呉で起こったドタバタ劇のひとつですね。

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