孫俊(そんしゅん)A ※孫河(そんか)の息子

【姓名】 孫俊(そんしゅん) 【あざな】 叔英(しゅくえい)

【原籍】 呉郡(ごぐん)

【生没】 ?~250年(?歳)

【吉川】 登場せず。
【演義】 登場せず。
【正史】 登場人物。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

孫河(そんか)の息子

父は孫河だが、母は不詳。孫助(そんじょ)・孫誼(そんぎ)・孫桓(そんかん)はみな兄。息子の孫建(そんけん)は跡継ぎ。孫慎(そんしん)も同じく息子。

『三国志』(呉書〈ごしょ〉・孫桓伝)の裴松之注(はいしょうしちゅう)に引く韋昭(いしょう。韋曜〈いよう〉)の『呉書』によると、「孫俊は度量が広く、文武の才能を備えていた。250年に定武中郎将(ていぶちゅうろうしょう)として薄落(はくらく)に駐屯していた際に死去し、息子の孫建が跡を継いだ」という。

管理人「かぶらがわ」より

登場箇所が少ないためコメントしにくいです。

『三国志』(呉書・孫韶伝〈そんしょうでん〉)によると、「(孫俊の父の)孫河はもともと愈姓(ゆせい。愈河)で、孫氏と同じく呉郡の人だった。孫策(そんさく)は愈河を寵愛し、孫姓を与えて一族の籍に加えた」ということです。

その一方、同じく「孫韶伝」の裴松之注に引く韋昭(韋曜)の『呉書』によると、「孫河は孫堅(そんけん)の族子(おい。同族内で子の世代にあたる者)であり、姑(おば)の愈氏の養子となったが、のちに孫姓に戻った」ということでした。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
人物データ 呉の孫氏
このページをシェアする
「かぶらがわ」をフォローする
今日も三国志日和 – 史実と創作からみる三国志の世界 –

コメント ※「コメントを書き込む」ボタンをクリック(タップ)していただくと入力フォームが開きます

タイトルとURLをコピーしました