孫慎(そんしん)

【姓名】 孫慎(そんしん) 【あざな】 ?

【原籍】 呉郡(ごぐん)

【生没】 ?~?年(?歳)

【吉川】 登場せず。
【演義】 登場せず。
【正史】 登場人物。

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孫俊(そんしゅん)の息子

父は孫俊だが、母は不詳。孫建(そんけん)は兄。息子の孫丞(そんじょう)は跡継ぎ。

277年夏、孫慎は夏口督(かこうのとく)として江夏(こうか)から汝南(じょなん)へ軍勢を進め、焼き討ちを掛け住民を略奪した。

また、『三国志』(呉書〈ごしょ〉・孫桓伝〈そんかんでん〉)の裴松之注(はいしょうしちゅう)に引く韋昭(いしょう。韋曜〈いよう〉)の『呉書』によると、孫慎は鎮南将軍(ちんなんしょうぐん)まで昇ったという。

管理人「かぶらがわ」より

登場箇所が少ないためコメントしにくいです。

『三国志』(呉書・孫韶伝〈そんしょうでん〉)によると、「(孫慎の祖父の)孫河(そんか)はもともと愈姓(ゆせい。愈河)で、孫氏と同じく呉郡の人だった。孫策(そんさく)は愈河を寵愛し、孫姓を与えて一族の籍に加えた」ということです。

その一方、同じく「孫韶伝」の裴松之注に引く韋昭(韋曜)の『呉書』によると、「孫河は孫堅(そんけん)の族子(おい。同族内で子の世代にあたる者)であり、姑(おば)の愈氏の養子となったが、のちに孫姓に戻った」ということでした。

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人物データ 呉の孫氏
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今日も三国志日和 – 史実と創作からみる三国志の世界 –

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