曹霖(そうりん) ※魏(ぎ)の東海定王(とうかいていおう)

【姓名】 曹霖(そうりん) 【あざな】 ?

【原籍】 沛国(はいこく)譙県(しょうけん)

【生没】 ?~250年?(?歳)

【吉川】 登場せず。
【演義】 第109回で初登場。
【正史】 登場人物。『魏書(ぎしょ)・東海定王霖伝(とうかいていおうりんでん)』あり。

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魏(ぎ)の曹丕(そうひ)の息子で曹叡(そうえい)の異母弟、東海定王

父は曹丕、母は仇氏(きゅうし)。

息子の曹啓(そうけい)は跡継ぎ。同じく息子の曹髦(そうぼう)は、曹芳(そうほう)の廃位に伴い朝廷に迎えられ、帝位に即いた。

曹霖は222年に河東王(かとうおう)に封ぜられ、225年に館陶県王(かんとうけんおう)に移封された。

232年に東海王に移封され、249年?に薨去(こうきょ)した。息子の曹啓が跡を継いだ。

管理人「かぶらがわ」より

本伝によれば「226年に曹叡が即位すると、曹霖は先帝(曹丕)の遺志により、諸王に比べて特に優遇された」ということです。

しかし「曹霖は粗暴な性格で、その後宮や婢妾(ひしょう)には殺されたり痛めつけられたりする者が多かった」ともありました。

曹霖の没年について、本伝には嘉平(かへい)元(249)年とありましたが、『三国志』(魏書・斉王紀〈せいおうぎ〉)には嘉平2(250)年とあり、イマイチはっきりしませんでした。

ただ後者では、(嘉平2年の)12月甲辰(こうしん。27日)と干支(かんし)まで書かれていたので、こちらのほうが確度が高い印をは受けました。

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