橋氏(きょうし)B ※孫策(そんさく)の妻

【姓名】 橋氏(きょうし) ※名とあざなは不詳

【原籍】 廬江郡(ろこうぐん)皖県(かんけん)?

【生没】 ?~?年(?歳)

【吉川】 第112話で初登場。
【演義】 第029回で初登場。
【正史】 登場人物。

孫策(そんさく)の正室

父は橋公(きょうこう)だが、母は不詳。

姉妹ともに絶世の美女で、姉である彼女は「大橋(だいきょう)」と呼ばれた。妹の橋氏(小橋〈しょうきょう〉)は周瑜(しゅうゆ)の正室となった。

橋氏姉妹は、199年?に孫策と周瑜が皖城を攻略した際に捕虜となり、孫策が姉を、周瑜が妹を、それぞれ娶った。だが、その後の動静は不明。

孫策の息子の孫紹(そんしょう)に加え、顧邵(こしょう。顧劭)・朱紀(しゅき)・陸遜(りくそん)に、それぞれ嫁いだ娘の孫氏を生んだのが、この橋氏なのかもはっきりしない。

管理人「かぶらがわ」より

『演義』では、この美人姉妹の父が橋玄(きょうげん)ということになっています。一方『吉川版』では、第23話で曹操(そうそう)の友人として登場する橋玄と、第148話で姉妹の父として登場する喬公(喬国老〈きょうこくろう〉も同じ)とを書き分けている気がします。

なお『吉川版』や『演義』では「橋」でなく「喬」の字を使っています。喬瑁(きょうぼう)などと同じですね。

橋玄のほうは梁国(りょうこく)の人ですし、184年に亡くなったとき76歳だったので、姉妹の年齢を考えても父ではないと思われます。

また、『三国志』(呉書〈ごしょ〉・周瑜伝)の裴松之注(はいしょうしちゅう)に引く虞溥(ぐふ)の『江表伝(こうひょうでん)』には、「私的な場で孫策が周瑜に、『橋公のふたりの娘は美貌とはいえ、われらふたりを婿にできたのだから喜んでいいのではないかな?』と冗談を言った」という話もありました。

『正史』ではイマイチ影が薄いものの、小説には欠かせない姉妹ですね。

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