阮咸(げんかん)

【姓名】 阮咸(げんかん) 【あざな】 仲容(ちゅうよう)

【原籍】 陳留郡(ちんりゅうぐん)尉氏県(いしけん)

【生没】 ?~?年(?歳)

【吉川】 登場せず。
【演義】 登場せず。
【正史】 登場人物。

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「竹林七賢(ちくりんのしちけん)」のひとり

父は阮熙(げんき)だが、母は不詳。阮籍(げんせき)は叔父。阮孚(げんふ)という息子がいた。

阮熙および阮孚の名は『三国志』には出てこない。

阮咸は、阮籍・嵆康(けいこう)・山濤(さんとう)・向秀(しょうしゅう)・劉怜(りゅうれい)・王戎(おうじゅう)とともに「竹林七賢」のひとりに数えられた。

ただ『三国志』の本文には登場せず、『三国志』(魏書〈ぎしょ〉・王粲伝〈おうさんでん〉)に付された「嵆康伝」の裴松之注(はいしょうしちゅう)に引く孫盛(そんせい)の『魏氏春秋(ぎししゅんじゅう)』に名が見える程度である。

管理人「かぶらがわ」より

阮咸については自力での記事確認が細部までできず、ちょっと手を出せない感じでした。

『正史三國志群雄銘銘傳 増補・改訂版』(坂口和澄〈さかぐち・わずみ〉著 潮書房光人社)では、劉義慶(りゅうぎけい)の『世説新語(せせつしんご)』からいくつかの関連記事が引かれていたのですけど――。現状では下手に触らないほうがよさそうなので、いずれ記事を手直しできればいいなと思います。

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魏の重臣 人物データ
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今日も三国志日和 – 史実と創作からみる三国志の世界 –

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