李邵(りしょう)A ※あざなは「永南(えいなん)」

【姓名】 李邵(りしょう) 【あざな】 永南(えいなん)

【原籍】 広漢郡(こうかんぐん)シ県(しけん。妻+阝)

【生没】 ?~225年(?歳)

【吉川】 登場せず。
【演義】 登場せず。
【正史】 登場人物。

諸葛亮(しょかつりょう)の南征時に留守を預かる

父母ともに不詳。李邈(りばく)と李朝(りちょう)は兄で、ほかにも兄弟がいたことがうかがえる。

214年、李邵は劉備(りゅうび)が成都(せいと)で劉璋(りゅうしょう)を降した後、州の「書佐部従事(しょさぶじゅうじ)」となった。

223年、丞相(じょうしょう)の諸葛亮に召され「西曹掾(せいそうのえん)」を務める。

225年、諸葛亮が南征に乗り出すと、李邵は「治中従事(ちちゅうじゅうじ)」として留守を預かったが、この年のうちに死去したという。

管理人「かぶらがわ」より

上で挙げた記事は『三国志』(蜀書〈しょくしょ〉・楊戯伝〈ようぎでん〉)の『季漢輔臣賛(きかんほしんさん)』の陳寿(ちんじゅ)の注記によるもの。

登場箇所が少ないためコメントしにくいうえ、具体的な事績についての記事もなく、どのような人物だったのかはわかりませんでした。

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