孫倫(そんりん)

【姓名】 孫倫(そんりん) 【あざな】 ?

【原籍】 ?

【生没】 ?~?年(?歳)

【吉川】 登場せず。
【演義】 登場せず。
【正史】 登場人物。

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呉(ご)の孫権(そんけん)配下の部将

父母ともに不詳。呉の孫権の一族なのか不明。

241年5月、孫倫は朱然(しゅぜん)とともに5万の軍勢をひきい、魏(ぎ)の樊城(はんじょう)を包囲した。このとき全琮(ぜんそう)が芍陂(しゃくひ)へ、諸葛瑾(しょかつきん)と歩騭(ほしつ)が柤中(そちゅう)へ、それぞれ進攻した。

全琮が敗れたあと、なお呉軍は樊城を厳しく包囲していたが、翌6月、魏の太傅(たいふ)の司馬懿(しばい)が諸軍をひきいて駆けつけると敗走した。

管理人「かぶらがわ」より

登場箇所が少ないためコメントしにくいです。

上で挙げた記事は、『三国志』(魏書〈ぎしょ〉・斉王紀〈せいおうぎ〉)の裴松之注(はいしょうしちゅう)に引く干宝(かんぽう)の『晋紀(しんき)』によるものです。孫楞の名が見えるのはこの1か所だけなので、詳しい経歴などはわかりませんでした。

「呉書(ごしょ)」ではなく「魏書」。しかも本文の登場ではないというのが、いかにもチョイ役らしいですね。

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人物データ 呉の孫氏
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今日も三国志日和 – 史実と創作からみる三国志の世界 –

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