吉川『三国志』の考察 第195話「酒中別人(しゅちゅうべつじん)」

劉備(りゅうび)は劉璋(りゅうしょう)との間に戦端を開き、首尾よく涪水関(ふすいかん)を攻略する。

城内では勝利の祝い酒が存分に振る舞われ、劉備も大酔。そして翌朝に目覚めると、劉備は起き抜けに龐統(ほうとう)から皮肉を言われ、思わず怒鳴りつけてしまう。

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第195話の展開とポイント

(01)涪城(ふじょう)

葭萌関(かぼうかん)を退いた劉備は、ひとまず涪城の城下で総軍をまとめる。そして涪水関を固める楊懐(ようかい)と高沛(こうはい)に、荊州(けいしゅう)への帰還と翌日の関門通過の旨を言い送った。

『三国志演義 改訂新版』(立間祥介〈たつま・しょうすけ〉訳 徳間文庫)の訳者注によると、「(涪水関〈ふうすいかん〉は)涪関とも呼ばれるが、正しくは白水関(はくすいかん)」だという。

(02)涪水関

楊懐と高沛は、劉備が関門を通過したあと酒宴を設けて刺殺する手はずを整え、夜が明けるのを待つ。

(03)涪水関の関外

翌日、劉備が龐統と駒を並べ、何か語りながら涪水関へ向かってくると、一陣の山風に旗竿(はたざお)が折れた。

劉備は眉を曇らせたが、龐統は一笑し、天が前もって凶事を告知してくれたものだと言う。ゆえに凶ではなく、むしろ吉兆と言うべきだと。

龐統は、幕将の魏延(ぎえん)や黄忠(こうちゅう)などに何事かささやき、一歩一歩の間にも戦態を作りながら前進していた。

関門の大廈(たいか)が彼方(かなた)の山あいに見えたころ、楽を奏し錦繡(きんしゅう)の美旗を掲げ、一群の軍隊が近づいてくる。真っ先に来た大将が楊懐と高沛の意向を伝え、おびただしい酒瓶(さかがめ)に小羊や鶏の丸焼きなどを並べて帰った。

原文「小羊」だが、ここは「子羊」としたほうがいいかも?

この第195話(02)では、劉備が関門を通過した後で酒宴を設けることになっていたはずだが、いくらか話が違う。

劉備らは幕舎を張って酒瓶を開き、山野の風物にひと息入れながら、杯を傾け休息する。そこへ楊懐と高沛が300の兵を連れ、素知らぬ顔で陣中見舞いに訪れた。

『三国志演義(4)』(井波律子〈いなみ・りつこ〉訳 ちくま文庫)(第62回)では、楊懐と高沛が連れてきた兵は200。

ふたりを迎えて幕舎はにぎわう。劉備が常に似合わずよく飲むので、龐統は心配していたが、その間にかねて言い含めた通り、関平(かんぺい)と劉封(りゅうほう)は席を抜ける。外にいる300の関門兵を遠くへ引き退がらせるためだった。

こうして関平と劉封が引き返してくると、不意に楊懐を蹴飛ばし、高沛に組みつき、後ろ手に縛り上げてしまう。ふたりは幕外で首を落とされた。

龐統は劉備に、300の関門兵を捕虜にして酒や肴(さかな)を与えてあることを伝え、彼らを用いる一計もささやく。劉備はうなずき、妙案妙案とつぶやいた。

星が出ると、龐統は一吹の角笛とともに一軍を集め、少しずつ涪水関へ近づく。先頭には捕虜となった関門兵300が立っていたが、もう完全に寝返り、薬籠中の物になっているらしい。

彼らの声に応じて関門の鉄扉が八文字に開くと、劉備軍が喚声を上げながら突入。ほとんど血塗らずに涪水関は占領された。

(04)涪水関

山谷のどよめく中に庫中の酒は開かれ、劉備軍の将士は祝杯をほしいままにした。劉備も昼から酒に親しんでいたので、夜半より暁にかけて幕将と杯を重ねると、泥のように酔ってしまった。

大きな酒瓶にもたれ、眠ってしまう劉備。ふと目を覚ますと、まだ龐統がひとり残って痛飲している。

劉備が、昨日は実に愉快だったと言うと、龐統は鼻に皮肉な小じわを寄せて言う。

「人の国を奪って楽しみとするは、仁者の兵にあらず。あなたらしくもありませんな」

劉備はむっとして色をなし、すぐに言った。

「むかし武王(ぶおう)は紂(ちゅう)を討ち、初めに歌い、後に舞ったという。武王の兵は仁義の兵でなかったか? 馬鹿者っ、退け!」

この記事の主要テキストとして用いている新潮文庫の註解(渡邉義浩〈わたなべ・よしひろ〉氏)によると、「武王は周(しゅう)の始祖。紂王を討ち殷(いん)を滅ぼした。『尚書大伝(しょうしょたいでん)』大誓(たいせい)を典拠。戦いの前に歌い、後で舞うのは、その戦いが正義であることを示す」という。

龐統は恐れをなし、早々に退出。劉備はまだ酔っていたとみえ、左右の者に介添えされ、ようやく後堂の寝所へ入った。

劉備は大睡したあと目を覚まし、衣を着替えていると、近侍の者が今朝の様子を語る。自分の酔態を聞くと、急に衣を正して龐統を呼んだ。

そして辞を低くして今暁の無礼を詫びたが、龐統は黙ったまま。重ねて詫びると、龐統が初めて口を開く。

「君臣ともに酔中の浮魚。戯歌水游(すいゆう)、みな酒中のこと。酒中別人です、酒中別人です。私の皮肉もお気にかけてくださるな」

ふたりはともに手を叩き、朗らかに笑った。

管理人「かぶらがわ」より

当然のように返り討ちにされてしまう楊懐と高沛――。

ただ、劉備と龐統の酒がらみのくだりは、イマイチ位置づけが読み取れませんでした。何か隠された意図があるのかもしれないですね……。

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『三国志』(全10巻)
吉川英治著 新潮社 新潮文庫
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記事作成にあたり参考にさせていただいた各種文献の詳細は三国志の世界を理解するために役立った本(参考文献リスト)をご覧ください。

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