ドラマ『三国志 Three Kingdoms』の考察 第44話 「曹操、華北に帰る(そうそう、かほくにかえる)」

南郡(なんぐん)に留まっていた曹操のもとに、西涼(せいりょう)の馬騰(ばとう)と韓遂(かんすい)が8万の軍勢をひきい、許都(きょと)に迫っているとの急報が届く。

許都の留守を預かっていた荀彧(じゅんいく)の機転もあり、曹操は無事に帰還を果たす。そしてこのことを知った馬騰らも、それ以上の進軍は思いとどまった。

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第44話の展開とポイント

(01)南郡(なんぐん)

曹操(そうそう)が司馬懿(しばい)を曹沖(そうちゅう)の師傅(しふ)として起用する。

このときの曹操と司馬懿とのやり取りの中で、司馬懿が出仕しなかった狙いが官職のつり上げにあった、という設定になっていた。これはどうなのだろうか?

また、ここでは曹沖が10歳ということになっていた。正史『三国志』における曹沖は196年生まれで、208年に13歳で亡くなっている。年齢についてはドラマの創作ということになるが、吉川『三国志』や『三国志演義』には曹沖が登場しないことを考えると、この魅力的なキャラクターを使おうという姿勢は評価できる。

曹操が曹仁(そうじん)に南郡の死守を命じていたところ、許都(きょと)の荀彧(じゅんいく)から急ぎの知らせが届く。西涼(せいりょう)の馬騰(ばとう)と韓遂(かんすい)が8万の軍勢をひきいて許都に迫ってきているというもの。

しかし曹操は平静を装い、みなにカンキ(?)の出産が近いとの知らせだったと告げる。

曹操は程昱(ていいく)と許褚(きょちょ)に命じ、3日後に軍勢を出立させるよう伝える。その直後、曹操は頭痛を訴えて倒れ、ふたりに馬騰と韓遂の進軍の件を打ち明ける。

曹操は程昱に自分が乗る馬車を用意させ、許褚にはすぐに許都へ戻るよう命じ、荀彧に9日の朝に着くと伝えさせる。「みなでわしの帰りを盛大に迎えよ」とも。

(02)許都

荀彧のもとに、馬騰と韓遂がふた手に分かれて許都へ向かっているとの知らせが届く。特に馬騰の部隊は1日に300里(り)進み、その先鋒はウセキ塞(うせきさい?)を通過したとも。

荀彧は、守備隊は任務を続け、兵士も民も普段通り過ごすよう命ずる。あえて城門を閉ざさなかったのは、それによって馬騰や韓遂に城の守りが手薄であると気づかせないための策だった。

荀彧は部将から、曹操は9日の朝に帰還する予定だが、途中で泊まるはずの襄陽(じょうよう)からまだ早馬(の知らせ)が来ていないことを聞く。

荀彧は翌日が9日であることを確認したうえ、ただちに人を遣って南門を清めるよう命じ、曹操を迎える準備をするよう伝える。

また、荀彧は城内の文官と武将らに対し、辰(たつ)の初刻に南門に並び、曹操の帰還を出迎えるよう命ずる。

ここでの荀彧と部将とのやり取りから、このときの許都の守備兵が6千であることがわかる。

荀彧は部将に曹操の命令の意図を聞かせたうえ、城門の旗をはためかせ、より盛大に出迎えるよう命じ、民も出迎えに加えるよう伝える。

さらに荀彧は部将に、2千の兵を10里郊外まで迎えに行かせるとも告げる。これも馬騰と韓遂の大軍に曹操軍の姿を見せることで、進軍をためらわせるための策だった。

そこへ曹丕(そうひ)が訪ねてくる。荀彧は曹丕に、曹操が翌朝到着すると伝えるが、曹丕が弟たちを連れて出迎えに加わると言ったため真実を明かす。

曹丕は呉質(ごしつ)に命じ、曹彰(そうしょう)・曹植(そうしょく)・曹沖のもとに人を遣わし、荀彧の命令を伝えさせる。父上(曹操)はあと数日は戻られないので、翌日の出迎えは無用だと。

このとき曹丕は呉質に、出迎えは無用と言ったのが、自分ではなく荀彧であることを強調して伝えさせた。

(03)許都 南門

荀彧が集まった文官と武将を前に、曹操がまもなく歩騎11万の大軍をひきいて帰還する旨を伝え、曹操が病を患っているとのうわさを否定する。

さらに荀彧は、曹操が青州(せいしゅう)の5万の鉄騎兵を送り、ウセキ塞で馬騰と韓遂を討つとの密命を下したと告げ、みなを安心させた。

この場には、荀彧から出迎えは無用だと言われていた曹丕も姿を見せていたが、やがて曹沖もやってくる。

(04)帰還途中の曹操

曹操が馬車の中で横になったまま、ゴコレイ(?)を通過。まだ許都まで300里以上あると言う司馬懿。このあたりで頭痛が突然治まり、曹操は先を急がせる。

ここでの曹操と司馬懿とのやり取りには深みが感じられた。

(05)許都 南門

荀彧がみなに、曹操からの早馬が着き、今晩は襄陽に泊まるので戻らないとの知らせを伝える。そして、翌日も辰の初刻に集まるように、とも伝える。

(06)荀彧邸

荀彧のもとに、馬騰の軍勢がウセキ塞に到着し、その地で陣を構えて進軍をやめたとの知らせが届く。

また、荀彧に尋ねられた部将が、曹丕がひとりで南門に残り、曹操の帰還を待ち続けていると答える。

ここで荀彧がこの部将を「ソウ将軍」と呼んでいた。初めて姓が出てきた気がする。誰のことなのだろうか?

(07)許都 南門

3日目、曹丕らみなが集まり、今日も曹操の帰還を待つものの曹沖は姿を見せず。

曹操の車が南門に到着したところ、潜んでいた刺客が矢を放ち始める。矢は曹操に当たったかに見えたが、倒れたのは影武者だった。

(08)許都 西門

そのころ曹操(本物)は南門を避けて西門から入城。曹沖だけがその意図を読み、西門で曹操を出迎えていた。ここで曹操は曹沖に、司馬懿を師として紹介する。

そこへ曹丕・曹彰・曹植と荀彧が駆けつける。曹操は4人の息子たちに、許都に留まっていると思われる刺客をどうすべきかと問う。

管理人「かぶらがわ」より

曹操の帰還と息子たちの知恵比べ。何やら一休さん的な雰囲気を感じました。

創作ではありますけど、曹沖と司馬懿の組み合わせっておもしろいですよね。ドラマに曹沖を出してきたのはポイントが高いと思います。
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