曹丕(そうひ)は司馬懿(しばい)の進言を容れ、華歆(かきん)に上奏させる形で献帝(けんてい)に禅譲を迫る。
屈辱に震える献帝とは裏腹に、曹丕と配下は禅譲の実現に向けた地固めを進めていく。
第75話の展開とポイント
(01)魏王府(ぎおうふ)
曹丕が司馬懿の進言を容れ、帝位に即くための準備を進めるよう告げる。
(02)司馬懿邸
司馬懿が司馬昭(しばしょう)に、曹丕に帝位に即くよう勧めたことを話す。司馬昭は、曹丕の建国後は丞相(じょうしょう)にさえなれるかもしれないと言うが、司馬懿は浅はかだとたしなめる。
★ここで司馬懿が司馬昭に、「わが一族は100年も続く名門なのだ……」と言っていた。
(03)許宮(きょきゅう)
朝議の場で華歆が献帝に上奏し、曹丕への禅譲を求める。献帝は先祖にお伺いを立てると言い残し、宗廟(そうびょう)へ向かう。
(04)許都(きょと) 宗廟
献帝が先祖に謝罪しているところへ曹皇后(そうこうごう)がやってくる。献帝は思わず突き飛ばすが、曹皇后は「悪いのは兄(曹丕)です」と応ずる。
ほどなく曹洪(そうこう)と曹休(そうきゅう)が兵を連れて現れ、献帝を宮殿へ連れ戻す。
(05)許宮
華歆が献帝に曹丕への禅譲を決断するよう迫る。献帝は曹丕に意見を求めるが、彼は「私は詔(みことのり)をお待ちします」とだけ告げて退出した。
献帝は符宝郎(ふほうろう)の祖弼(そひつ)を呼び、華歆らに玉璽(ぎょくじ)を渡すよう命ずるが、祖弼は拒む。
怒った曹洪は祖弼を斬り殺し、献帝に剣を突きつけて詔を下すよう迫る。やむなく献帝も要求に応ずる。
(06)許宮 廊下
曹皇后が曹丕と会い、恥知らずだと非難する。さらに短刀で背中に斬りつけるが、曹丕は曹操(そうそう)の形見の鎧を着けていたため無事だった。
(07)許宮 内宮(ないくう)
献帝が官吏に命じ、曹丕への禅譲の詔を作らせる。
★ここで献帝が「朕、位にあること32年……」と言っていた。
(08)魏王府
曹丕のもとに、献帝から禅譲の詔と玉璽が届けられる。しかし曹丕は辞退すると言い、華歆に命じて上奏文を書かせる。
★ここで出てきた玉璽は、先の第6話(02)などで登場した伝国璽(でんこくじ)とは別物に見えた。意識してそういう設定にしたのなら納得だが、テキトーに設定された可能性もありそう。
(09)許宮
華歆が献帝に、曹丕が禅譲を辞退する旨の上奏文を届ける。ここで華歆は先の禅譲の詔の文面を非難し、曹洪が詔を書いた官吏の処刑を命ずる。
華歆は自ら詔を書くよう迫り、献帝も要求に従う。
華歆は書き終えた献帝に玉璽の押印を求め、「しかるのち朝廷にお出ましになり、陛下自ら禅譲の詔を魏王にお授けなさいますよう」と伝えたあと立ち去る。
★ここで献帝は、直前の(08)で曹丕が手に取っていたものと同じ玉璽を押印していた。
献帝が曹丕ら百官の前で禅譲の詔を読み上げる。しかし曹丕は、またも辞退する旨を伝えて退出。華歆は献帝にみたび禅譲の詔を下すよう迫る。
(10)許宮 内宮
司馬懿が献帝に拝謁し、華歆が詔を受け、城外に受禅台を築いていることを伝える。だが、これは献帝が下した覚えのない詔だった。
★このシーンでは初め平伏していた司馬懿が、ほどなく勝手に足を崩したことが印象的。
管理人「かぶらがわ」より
この第75話では献帝が落日の君主の悲哀をよく表していたと思います。
ですが、曹皇后の献帝に対する態度は吉川『三国志』と『三国志演義』で違いが見られます。
吉川『三国志』(第246話)では曹皇后が曹丕の指示を受け、あっさりと献帝を見捨てて実家へ帰ったように描かれていました。
『三国志演義』(第80回)では曹皇后が曹洪と曹休を罵ったりしているので、このドラマの筋に近いようです。
ちなみに正史『三国志』には、ここで出てきたやり取りの記事は見当たりません。
★正史『三国志』に関連する記述はないものの、『後漢書(ごかんじょ)』(曹皇后紀〈そうこうごうぎ〉)には、曹皇后が使者を呼び入れて何度もなじり、璽を軒下に投げ捨てて泣き、「天はあなたに味方することはない」と言った、との記事がありました。
つまり『三国志演義』(第80回)や『三国志 Three Kingdoms』(第75話)は『後漢書』寄りの描かれ方になっているということです。この件については「こささん」からご助言を頂きました。どうもありがとうございます。(2016/6/28追記)
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記事作成にあたり参考にさせていただいた各種文献の詳細は三国志の世界を理解するために役立った本(参考文献リスト)をご覧ください。
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『後漢書』では、曹皇后が曹丕の使者を罵って玉璽を投げつけたと書かれています。『演義』はそれに近い描かれ方です。
こささん、こんばんは。
ラストの自己コメント部分に記した『正史』は、「(正史の)『三国志』」という意味合いで使ったものでしたが、明らかに不適切な表現でした。
また、ご指摘のように『後漢書』(曹皇后紀)には、曹皇后が使者を呼び入れて何度もなじり、璽を軒下に投げ捨てて泣き、「天はあなたに味方することはない」と言った、との一文がありました。
この件については私のチェックが足りませんでした。補足していただきありがとうございます。
あとで記事本文のほうへも追記しておきたいと思います。