吉川『三国志』の考察 第147話「火中の栗(かちゅうのくり)」

呉(ご)の重臣をことごとく論破してみせた諸葛亮(しょかつりょう)は、黄蓋(こうがい)の案内で孫権(そんけん)の居室へ通される。

そこで孫権から曹操軍(そうそうぐん)の実情について尋ねられたものの、あえて孫権を侮ったような受け答えに終始する。諸葛亮の無礼な態度に、一度は腹を立てた孫権だったが――。

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第147話の展開とポイント

(01)柴桑(さいそう)

その沓音(くつおと)に一同が振り返って見ると、呉の糧財奉行(りょうざいぶぎょう)を務める黄蓋だった。

黄蓋は賓客に愚問難題を並べた群臣を叱り、諸葛亮に向かっては極めて慇懃(いんぎん。丁寧)に、主君の孫権がお待ちしていると告げる。

黄蓋と魯粛(ろしゅく)の案内で諸葛亮が中門まで通ってくると、門扉の傍らに兄の諸葛瑾(しょかつきん)が出迎えていた。兄弟は久しぶりの再会だったが、まずは主命が大事と、いくらか言葉を交わしただけで別れる。

孫権は諸葛亮を迎えると、さっそく曹操の軍備について尋ね始めた。

だが諸葛亮は、曹操軍の実数が100万どころか、150万から160万はあると匂わせる。また、呉は戦うべきか、戦わないほうがよいかとも聞かれると、軽く笑ってかわす。

さらに求めに応じて自分の考えを述べる。それは、劉備(りゅうび)と連合したうえで呉越(ごえつ)の兵を起こし、曹操との国交を断つよう勧めるものだった。

一方で戦わずに国中が安穏に済む良計として、曹操への降伏という選択肢も示す。黙然と首を垂れる孫権。

諸葛亮は、戦うにせよ、降伏するにせよ、とにかく早く決断すべきだと説く。そのうち孫権は、ではなぜ劉備には降伏を勧めないのかと問い返した。

すると諸葛亮は、斉(せい)の田横(でんおう)が一処士の身でありながら漢(かん)の高祖(こうそ。劉邦〈りゅうほう〉)にも降らず、ついに節操を守って自害したという話を持ち出す。

この記事の主要テキストとして用いている新潮文庫の註解(渡邉義浩〈わたなべ・よしひろ〉氏)によると、「田横は楚(そ)と漢の争いの中で斉王となり、劉邦と争った群雄のひとり。最期は劉邦への降伏を恥じて自害した」という。

そして「主君の劉備は帝室の宗親で、その英才は世を覆い、諸民の慕うこと水に添うて魚の遊ぶごときものがある」と言い。

「勝敗は兵家の常で、事が成らないのも天命ながら、どうして下輩の曹操ごときに降れましょうか? もし私が閣下に申し上げたような言をそのままわが主君へ進言したら、たちどころに斬首されるか、汚き奴と生涯蔑まれるに決まっております」と結ぼうとする。

言い終わらないうち、孫権は急に顔色を変えて席を立ち、大股に後閣へ立ち去ってしまう。屛立(へいりつ)していた諸将は、ぶしつけな目や失笑を諸葛亮に投げながら、ぞろぞろと堂後へ隠れた。

残った魯粛は、あのような不遜な言を吐かれたら、孫将軍(孫権)でなくとも怒るに決まっているとなじる。

しかし諸葛亮は、(孫権には)大気な人間を容れる雅量がないと笑い、別に大策があることをほのめかす。

魯粛は孫権を追って後閣の一房へ入り、ひざまずき再度勧めた。諸葛亮は真に腹蔵を吐露してはいない。曹操を討つ大策は軽々しく言わないようで、気量の狭いご主君だと大笑いしていたとも。

孫権はもう一度会い、その大策をただすことにする。随員をみな払って再び諸葛亮の前へ出ると、先の無礼を詫びた。

孫権は改めて諸葛亮の話を聴き、曹操と戦うことを決意。魯粛を呼んで兵馬の準備を触れさせる。

突然のことに驚いた張昭(ちょうしょう)や顧雍(こよう)らは、すぐに孫権のもとへ行って諫めた。

「火中の栗(クリ)を拾うなかれ」

やがて孫権は諸員の囂々(ごうごう)たる諫言に責め立てられ、「考えておく。なお考える」と言い、奥の私室へ急ぎ足に隠れる。

議論紛々だった。一部の武官とすべての文官は開戦に反対で、一部の少壮武官には開戦が支持されている。数の上から見れば、ちょうど7対3ぐらいに分かれていた。

心配した呉夫人(ごふじん)が様子を見に来ると、孫権はありのままをつぶさに話す。

呉夫人は孫権の実母の妹(叔母)。先の第136話(02)を参照。

呉夫人は亡き兄の孫策(そんさく)の遺言を思い出すよう言い、周瑜(しゅうゆ)の意見を聴くことを勧める。

孫策の遺言については先の第113話(04)を参照。

たちまち孫権は一書をしたため、それを心が利いた大将に持たせると、鄱陽湖(はようこ)で水夫や軍船の調練にあたっている周瑜へ届けさせた。

管理人「かぶらがわ」より

前の第146話とほぼ同様、この第147話も柴桑城内のやり取りでした。まだ若い孫権の性格を見抜いた諸葛亮が、巧みな話術と態度で開戦の決断を引き出しましたね。

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