吉川『三国志』の考察 第160話 「月烏賦(つきよがらすのうた)」

長江(ちょうこう)北岸に陣取る曹操(そうそう)は、諸将を一船に集め盛大な夜宴を催す。

そのうち一羽の鴉(カラス)が月をかすめて飛ぶ光景を目にし、即興の賦を吟じ始める。しかしこの賦が因(もと)で、揚州刺史(ようしゅうしし。楊州刺史)の劉馥(りゅうふく)は命を失うことになってしまった。

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第160話の展開とポイント

(01)長江(ちょうこう)の北岸 曹操(そうそう)の本営

曹操は、西涼(せいりょう)の馬超(ばちょう)と韓遂(かんすい)が蜂起したとのうわさを聞くと、許都(きょと)へ帰って都府を守る者を募った。

すると、この役目を徐庶(じょしょ)が買って出る。曹操は3千騎の精兵を付け、すぐに許都へ向かうよう命じた。

『三国志演義(3)』(井波律子〈いなみ・りつこ〉訳 ちくま文庫)(第48回)では、徐庶は許都ではなく散関(さんかん)へ差し向けられており、その先鋒を臧霸(ぞうは。臧覇)が務めたともある。

(02)長江

建安(けんあん)13(208)年の冬11月、曹操は水陸の諸将をみな一船に集め、盛んなる江上の夜宴を催す。

ここで「南は遠く呉(ご)の柴桑山(さいそうざん)から樊山(はんざん。西山〈せいざん〉の別名)を望み、北に烏林(うりん)の峰、西の夏口(かこう)の入り江までが杯(さかずき)の中にあるような心地だった」とあった。

北に烏林の峰が見えるのはいいとして、南に柴桑山から樊山が望めたり、西に夏口が見えるというのは誤りだと思う。烏林や赤壁(せきへき)から見た場合、柴桑山は南というよりは東にあるし――。樊山や夏口に至っては、南や西ではなく北東になるはず。

これについて井波『三国志演義(3)』の訳者注に指摘があり、「夏口と樊山の方角は明らかに間違っている。『三国志演義』の作者は柴桑と夏口の間に赤壁があると考えているらしく、『三国志演義』の描写もそのようになっている」という。

この明快な訳者注を見ると(周瑜が本営を置いた場所がはっきりしないという、)先の第150話の疑問もだいぶ解けた気がする。

なおこの後に「彼(曹操)はまた、下流の夏口のほうを望みながら云(い)った」ともあった。この一文には矛盾がないため、かえって前の文とのつながりがおかしい印象を与えている。ちなみに上の一文について井波『三国志演義(3)』(第48回)では、「曹操は遥か南岸を指差しながら言った」とあり、夏口への言及はなかった。

そして、呉に討ち入るときにはひとつの楽しみがあるとし、それが以前、自分と交わりのあった喬公(きょうこう。橋公)の二女(大喬〈たいきょう。大橋〉と小喬〈しょうきょう。小橋〉)を見ることだと話す。

諸将はこの述懐を聴くと、われらの丞相(じょうしょう。曹操)はなお多分に青年なりと口々に言ってしばし笑いもやまず、「加盞(かさん)加盞」と彼の寿と健康を祝した。

このとき帆檣(はんしょう。帆柱)の上を、一羽の鴉(カラス)が月をかすめて飛んだ。

曹操は左右に向かい、「いま鴉が南へ飛んでいきながら鳴くのを聞いたが、この夜中になぜ鳴くのか?」と尋ねる。

すると侍臣のひとりが、「されば月の明らかなるまま、夜が明けたかと思って鳴いたのでしょう」とさっそく答えた。

曹操は船の舳(みよし。船首)に立ち、江水に三杯の酒を注ぐと、水神を祭って剣を撫しながらさらに諸将へ感慨を漏らす。

そして即興の賦を吟じ始める。詩の内に「月は明らかに星稀(まれ)なり。烏鵲(うじゃく。カササギ)南へ飛ぶ。樹(じゅ)を遶(めぐ)ること三匝(さんそう。三度巡る)。枝の依るべきなし」という句があった。

歌い終わった後、揚州刺史(ようしゅうしし。楊州刺史)の劉馥(りゅうふく)が、その詩句は不吉だと言う。

曹操は興を醒(さ)まされて赫怒(かくど。怒るさま)し、たちどころに剣を抜き手討ちにしてしまった。

酔いが醒めてからこのことを知った曹操はいたく沈痛な顔をしたが、後悔も及ばず、子の劉熙(りゅうき)に遺骸(いがい)を与え厚く故郷へ葬らせた。

劉馥が曹操のもとで揚州刺史を務めていたことや、建安13(208)年に亡くなったことは『三国志』(魏書〈ぎしょ〉・劉馥伝)に見える。ただ、彼が赤壁の戦いに従軍していたかどうかはわからず、ここで書かれているような最期だったという記事も見えない。また、劉馥の息子は劉靖(りゅうせい。劉静)といい、その劉靖の息子(つまり劉馥の孫)が劉熙である。

管理人「かぶらがわ」より

この第160話の位置づけがイマイチつかめなかったのですが、赤壁の戦いを前にした曹操の驕(おご)りを表しているようです。

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吉川『三国志』 (06) 赤壁の巻
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