吉川『三国志』の考察 第015話「岳南の佳人(がくなんのかじん)」

張飛(ちょうひ)が勅使の督郵(とくゆう)を打ち据えたことから、劉備(りゅうび)は官職を捨てる決意をし、20人ばかりを連れて安喜県(あんきけん)を離れる。

その後は張飛のつてを頼り、代州(だいしゅう)の劉恢(りゅうかい)の屋敷に身を寄せたが、その家の姪だという美女には劉備と面識があった。

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第015話の展開とポイント

(01)安喜県 劉備の私邸

劉備らは私邸に帰ると私信や文書の反故(ほご)を焼き捨て、安喜県を去る支度にかかる。そして家財を驢(ロ)や車に載せ、総勢20人ばかりで闇に紛れ落ちていく。

(02)安喜県 役館

張飛に打ち据えられたため、手当てを受けていた督郵だったが、少し落ち着いてくると周りの部下に劉備のことを尋ねる。

劉備らが夜逃げしたようだと聞くと、この地の定州(ていしゅう)の太守(たいしゅ)に使いを遣り、彼らを捕らえて都(洛陽〈らくよう〉)へ送るよう要請した。

後漢(ごかん)時代に定州という行政区画は存在しない。『三国志演義大事典』(沈伯俊〈しんはくしゅん〉、譚良嘯〈たんりょうしょう〉著 立間祥介〈たつま・しょうすけ〉、岡崎由美〈おかざき・ゆみ〉、土屋文子〈つちや・ふみこ〉訳 潮出版社)によると、「(定州は)『三国志演義』が誤って用いた地名で後漢・三国時代にはなかった。実際に定州が置かれたのは北魏(ほくぎ)時代のことである」という。また「定州は後漢の行政区分では冀州(きしゅう)中山国(ちゅうざんこく)に相当する」ともいう。

定州太守は八方に物見を走らせ、劉備らが代州方面へ向かったことを突き止める。そこで鉄甲の迅兵200ほどをふた手に分けて追わせたものの、ついに捕らえることはできなかった。

後漢時代には代州という行政区画も存在しない。新潮文庫の註解(渡邉義浩〈わたなべ・よしひろ〉氏)によると、「(代州は)後漢では幷州(へいしゅう)の東端部にあたる」という。

迅兵は機動力のある兵という意味だと思うが、「軽装の迅兵」などではなく「鉄甲の迅兵」としてあったことで、いくらかイメージしにくい印象を受けた。

(03)代州 五台山(ごだいさん)のふもと

劉備らは、張飛と付き合いのあった劉大人(りゅうたいじん。劉恢)の屋敷に身を寄せる。

ここで張飛が自分と劉大人との間柄について話していた。劉大人は張飛の旧主である鴻家(こうけ)と血縁があり、軍糧や兵馬の相談役をしていたのだという。

『三国志演義(1)』(井波律子〈いなみ・りつこ〉訳 ちくま文庫)(第2回)では、劉備・関羽(かんう)・張飛の3人が代州の劉恢の家にかくまってもらったことは見えるが、五台山には触れていない。

(04)代州 劉恢邸

劉備らは南苑(なんえん)の客館に住まわせてもらい、しばらく無事の日々を過ごした。関羽は劉備に元気がないことを案じ、張飛に相談する。だが、張飛には何か心当たりがあるらしく、その話しぶりから関羽にもあることが思い当たる。

数日後の夜、関羽はともに食卓を囲んでいた劉備の姿がないことに気づき、その場に張飛を残して南苑を捜す。

そのうち、劉恢の姪だという妙齢な麗人(鴻芙蓉〈こうふよう〉)が姿を現した。やむなく関羽は彼女の後から忍んでついていき、劉備との密会を目撃してしまう。

関羽はあわてて後苑の梨畑から駆け戻ると、まだひとりで飲んでいた張飛に見てきたことを話す。ところが、すでに張飛はこのことに気づいていた様子だった。

張飛は、その娘が実は旧主の鴻家の息女であることや、鴻家の没落後、自分が劉恢に彼女をかくまってくれるよう頼んだことを打ち明ける。

さらに、まだ義盟を結んでいなかった数年前のことだと前置きしたうえ、劉備と鴻芙蓉は古塔の下で出会っており、とっくに知り合いの仲であるとも話した。

劉備と鴻芙蓉との出会いについては、先の第3話(02)を参照。

ふたりが話をしていると主の劉恢がやってきて、数日のうちに洛陽の巡察使と定州太守が巡遊に来ることになり、この屋敷が宿舎に充てられたと告げる。

翌朝、関羽と張飛は劉恢の話を劉備に伝える。劉備は何かを悟った様子だったが、すぐに立ち退く決心をした。

関羽から(鴻芙蓉と別れることになるが、)名残惜しくはないかと聞かれると、劉備は「否とよ、恋は路傍の花」と答えて安心させる。その一方、「恋をささやいている間は、恥ずかしいが、わしは本気で恋をささやいているよ」とも言う。

だが、それだけがすべてにはなりきれないとも語り、決して大志を失っているわけではないと言い切った。

管理人「かぶらがわ」より

いやぁ、さわやか、さわやか(なぜか2回言いたくなりました)。このときの梨畑では特に何も起こらなかったようですけどね……。

井波『三国志演義(1)』(第2回)では、劉備らが劉恢の家に身を寄せたことがごくあっさりと書かれているだけ。鴻芙蓉がらみのくだりは吉川先生の創作らしい。

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『三国志』(全10巻)
吉川英治著 新潮社 新潮文庫
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記事作成にあたり参考にさせていただいた各種文献の詳細は三国志の世界を理解するために役立った本(参考文献リスト)をご覧ください。

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