蔣幹(しょうかん)の誘いに乗ったふりをして曹操(そうそう)と会い、すっかり信用された龐統(ほうとう)。さらに、周瑜(しゅうゆ)に不満を持つ諸将の取りまとめ役を引き受ける。
そして、曹操の本営を去るべく江岸の小舟に乗ろうとしたとき、龐統はいきなり後ろから抱きつかれる。意中の秘計をことごとく看破してみせた人物の正体は――。
第159話の展開とポイント
(01)長江(ちょうこう)の北岸 曹操の本営
龐統は、ここが大事だと密かに警戒。曹操が、呉(ご)の諸将の誘降に成功したうえは三公に封ずると言うと、言下に顔を横に振った。
そして、このような務めを目前の利益や将来の栄達のためにするわけではないとして、どうか呉へ攻め入られても、無辜(むこ)の民だけは殺さないよう計らってほしいと頼む。
さらに龐統は、一族が荊州(けいしゅう)を追われて呉の僻地(へきち)に住んでいることを話し、兵士の狼藉(ろうぜき)から免れるための一札(いっさつ)を求める。
★原文では「もし丞相(じょうしょう。曹操)から一礼(いちれい)を下し置かれれば……」とあったが、ここは一札(いっさつ)としたほうがいいと思う。
手元にある3種類の吉川『三国志』を見比べてみると、新潮社版と講談社版(新装版)では一礼(いちれい)となっていたが、古いほうの講談社版では一札(いっさつ)となっていた。古いほうというのは1989年1月10日に第17刷が発行されたもので、1981年1月15日に第1刷が発行されたもの。
なお『三国志演義(3)』(井波律子〈いなみ・りつこ〉訳 ちくま文庫)(第47回)では、このとき龐統は曹操に、自分の一家眷属(けんぞく)を助けると明記した立て札を頂きたいと懇願していた。
これを聞いた曹操はすぐに筆を執り、「当手の軍勢ども、呉へ入るとも龐統一家には乱暴すべからず。違背の者は斬に処す」と記し、大きな丞相印を押して与えた。
龐統は心の内で、これまでのことをする以上は、彼もまったく自分の言に乗ったものと見ていいなと思った。しかし、あくまでさあらぬ態を守り、恩を謝して別れる。
「周瑜に気取られるなよ」と幾たびも念を押しながら、曹操は自ら営門まで見送ってきた。
龐統は別れを惜しむかのごとく何度も振り返りながら、やがて柵門を過ぎ、江岸へ出て小舟に乗ろうとした。すると楊柳(ようりゅう)の陰から走りだした男が、「曲者、待て!」と後ろから抱きつく。
驚いた龐統が両脚を踏ん張りながら振り向くと、その者は道服(道士の服)を着、頭に竹の冠を頂いている。そして恐ろしいほどの剛力で、いかに身をもがいてみても、組みついた腕はびくともしない。
龐統が叱りつけると男は声を振り絞り、苦肉の計や連環の計をことごとく看破してみせる。
★苦肉の計については先の第156話(02)を参照。
★連環の計については前の第158話(05)を参照。
龐統が観念すると、男は徐庶(じょしょ)であることを明かす。ふたりは、かつて司馬徽(しばき)のところでたびたび顔を合わせたことがあった。
龐統は、呉の国81州の百姓庶民のために見逃してほしいと言う。
★『三国志演義大事典』(沈伯俊〈しんはくしゅん〉、譚良嘯〈たんりょうしょう〉著 立間祥介〈たつま・しょうすけ〉、岡崎由美〈おかざき・ゆみ〉、土屋文子〈つちや・ふみこ〉訳 潮出版社)によると、「81州は正しくは(江南〈こうなん〉)81県。江南6郡を指す。ただし、江南6郡の管轄下にある県の数は実際には92である」という。なお「江南6郡」は、揚州(ようしゅう。楊州)の九江(きゅうこう)・廬江(ろこう)・呉・会稽(かいけい)・丹陽(たんよう。丹楊)・豫章(よしょう。予章)の6郡を指すとも。
だが徐庶も、ここであなたを見逃せば、味方の83万の人馬はことごとく焼き殺されると反論。
そこで龐統が、ここできみに見つかったのも天運だとし、心のままに、殺すとも曹操の前に引いていくともしてくれと言うと、徐庶は態度を改め、「もうご心配は無用」と微笑する。
そして、以前に新野(しんや)で劉備(りゅうび)と主従の契りを結んでいたことを話し、ひとり察していた今回の裏の裏についても、誰にも語っていないと打ち明けた。ただ、このままでは魏(ぎ)の陣中に留まっている自分が焼き殺されてしまうとして妙計を尋ねる。
龐統が耳に口を寄せて何事かささやくと、徐庶は「なるほど、名案」と手を打つ。それを機に龐統は舟へ飛び乗り、ふたりは人知れず水と陸とに別れ去った。
ほどなく曹操の陣中に、誰からともなくこういう風説が立ち始める。
「西涼(せいりょう)の馬超(ばちょう)が韓遂(かんすい)とともに大軍を催し、反旗を翻した。都の留守をうかがい、今や刻々と許都(きょと)を指して進撃している」というまことしやかなうわさで、遠征久しき人心に多大な衝撃を与えた。
管理人「かぶらがわ」より
曹操を騙(だま)したうえで呉へ戻ろうとする龐統。江岸で呼び止められて万事休すといったところでしたが、相手が旧知の徐庶で命拾いしましたね。
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『三国志』(全10巻)
吉川英治著 新潮社 新潮文庫
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記事作成にあたり参考にさせていただいた各種文献の詳細は三国志の世界を理解するために役立った本(参考文献リスト)をご覧ください。
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