248年(魏の正始9年・蜀の延熙11年・呉の赤烏11年)の主な出来事

-248年- 戊辰(ぼしん)
【魏】 正始(せいし)9年 ※少帝(しょうてい。曹芳〈そうほう〉)
【蜀】 延熙(えんき)11年 ※後主(こうしゅ。劉禅〈りゅうぜん〉)
【呉】 赤烏(せきう)11年 ※大帝(たいてい。孫権〈そんけん〉)

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月別および季節別の主な出来事

【01月】
呉(ご)の朱然(しゅぜん)が江陵(こうりょう)に城壁を築く。
『三国志』(呉書〈ごしょ〉・呉主伝〈ごしゅでん〉)

【02月】
魏(ぎ)の衛将軍(えいしょうぐん)・中書令(ちゅうしょれい)の孫資(そんし)が退官し、諸侯の身分のまま私邸に帰る。その際、曹芳は特進(とくしん)の位を授けた。
『三国志』(魏書〈ぎしょ〉・斉王紀〈せいおうぎ〉)

【02月】
呉で何度も地震が起こる。
『三国志』(呉書・呉主伝)

『江表伝(こうひょうでん)』…このとき孫権が下した詔(みことのり)。

【02月】
癸巳(きし)の日(30日)
魏の驃騎将軍(ひょうきしょうぐん)・中書監(ちゅうしょかん)の劉放(りゅうほう)が退官し、諸侯の身分のまま私邸に帰る。その際、曹芳は特進の位を授けた。
『三国志』(魏書・斉王紀)

【03月】
甲午(こうご)の日(1日)
魏の司徒(しと)の衛臻(えいしん)が退官し、諸侯の身分のまま私邸に帰る。その際、曹芳は特進の位を授けた。
『三国志』(魏書・斉王紀)

【03月】
呉の建業宮(けんぎょうきゅう)が完成する。
『三国志』(呉書・呉主伝)

【04月】
魏の曹芳が司空(しくう)の高柔(こうじゅう)を司徒に任ずる。また、光禄大夫(こうろくたいふ)の徐邈(じょばく)を司空に任じようとしたものの、徐邈は固辞して受けなかった。
『三国志』(魏書・斉王紀)

【04月】
呉で雹(ひょう)が降る。また、呉の孫権のもとに「雲陽(うんよう。曲阿〈きょくあ〉)で黄色い龍が現れた」との報告が届いた。
『三国志』(呉書・呉主伝)

【05月】
蜀(しょく)の大将軍(だいしょうぐん)の費禕(ひい)が出撃し、漢中(かんちゅう)に駐屯する。
『三国志』(蜀書〈しょくしょ〉・後主伝〈こうしゅでん〉)

【05月】
呉の孫権のもとに「鄱陽(はよう)で白い虎が現れ、それが仁(じん)である」との報告が届く。
『三国志』(呉書・呉主伝)

このとき下された孫権の詔も記載されている。

また、ここで裴松之(はいしょうし)が「『瑞応図(ずいおうず)』にいう」として、「白虎が仁であるというのは、王者が暴虐をなさぬとき、仁なる虎が現れて、人畜を傷つけないのである」と注釈している。

【秋】
涪陵郡(ふうりょうぐん)の属国都尉(ぞっこくとい)の管轄下の民が蜀に対して反乱を起こす。蜀の車騎将軍(しゃきしょうぐん)の鄧芝(とうし)が討伐に赴き、これを鎮圧した。
『三国志』(蜀書・後主伝)

【09月】
魏の曹芳が車騎将軍の王淩(おうりょう)を司空に任ずる。
『三国志』(魏書・斉王紀)

【10月】
魏で暴風が吹く。このため屋根が飛び、樹木も折れた。
『三国志』(魏書・斉王紀)

【冬】
魏の荊州刺史(けいしゅうしし)の李勝(りしょう)が、荊州に赴任するにあたって太傅(たいふ)の司馬懿(しばい)のもとを訪ねる。このとき司馬懿は病が重いと称し、病み衰えた姿をしてみせた。李勝は仮病だと見抜くことができず、本当に重病だと思い込んだ。
『三国志』(魏書・曹真伝〈そうしんでん〉)に付された「曹爽伝(そうそうでん)」

【?月】
この年、交趾(こうし)と九真(きゅうしん)の両郡の異民族が呉に対して反乱を起こす。孫権は陸胤(りくいん)を差し向け、これを安撫させた。
『正史 三国志8』(小南一郎〈こみなみ・いちろう〉訳 ちくま学芸文庫)の年表

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正史年表 240年代
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今日も三国志日和 – 史実と創作からみる三国志の世界 –

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