孟獲(もうかく)にまつわる故事について

こちらの謎は孟獲にまつわる故事に関するものです。

このカテゴリーでは「三国志の世界」と付き合うなかで、管理人(かぶらがわ)が個人的に疑問を感じたテーマを取り上げます。

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概要

『三国志』(蜀書〈しょくしょ〉・諸葛亮伝〈しょかつりょうでん〉)の裴松之注(はいしょうしちゅう)に引く習鑿歯(しゅうさくし)の『漢晋春秋(かんしんしゅんじゅう)』に以下のような記述があります。

「漢晋春秋曰、亮(諸葛亮)至南中(なんちゅう)、所在戦捷。聞孟獲(もうかく)者、為夷、漢(かん)所服、募生致之」

「既得、使観於営陣之間、曰、此軍如何、獲(孟獲)対曰、向者不知虚実、故敗。今蒙賜観看営陣、若祇如此、即定易勝耳」

「亮(諸葛亮)笑、縦使更戦、七縦七禽、而亮(諸葛亮)猶遣獲(孟獲)」

「獲(孟獲)止不去、曰、公(諸葛亮)、天威也、南人不復反矣」

「遂至滇池(てんち)。南中平、皆即其渠率而用之」
『三国志』(蜀書・諸葛亮伝)の裴松之注に引く習鑿歯の『漢晋春秋』

蜀の建興(けんこう)3(225)年に諸葛亮が南中平定に赴き、孟獲らと戦った際のエピソード。いわゆる「七縦七擒(しちしょうしちきん)」の故事ですが、これは「七縦七擒」でいいのか? それとも「七擒七縦」のほうがいいのか? というのが謎です。
孟獲(もうかく)
【姓名】 孟獲(もうかく) 【あざな】 ?【原籍】 益州郡(えきしゅうぐん)【生没】 ?~?年(?歳)【吉川】 第259話で初登場。【演義】 第085回で初登場。【正史】 登場人物。益州南部の反乱に加わる...

管理人「かぶらがわ」より

一般的には「七縦七擒」とされているようですが、個人的には「七擒七縦」のほうがしっくりきます。なぜなら「擒(禽。捕らえる)」「縦(放つ)」の順に考えるほうがより自然な感じがするからです。

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