吉川『三国志』の考察 第013話「十常侍(じゅうじょうじ)」

黄巾賊(こうきんぞく)の主力軍が壊滅したことで、官軍は続々と洛陽(らくよう)への帰還を果たしていた。

相変わらず劉備(りゅうび)と配下の義勇軍には何の恩賞の沙汰もなかったが、彼らの活躍を知る郎中(ろうちゅう)の張均(ちょうきん。張鈞)は霊帝(れいてい)に拝謁した折、十常侍の不公平な処遇について訴える。

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第013話の展開とポイント

(01)洛陽(らくよう)

劉備(りゅうび)が朱雋(しゅしゅん。朱儁)の官邸を訪ねるため王城内の禁門(宮門)の辺りを歩いていると、郎中(ろうちゅう)の張均(ちょうきん。張鈞)に呼び止められる。

かつて張均は、盧植(ろしょく)を陥れた黄門(こうもん)の左豊(さほう)らとともに、監軍(かんぐん)の勅使として征野へ巡察に来た。そのとき劉備とも知り合い、お互いに世事を談じたり、抱懐を話し合ったりしたこともある間柄だった。

張均は劉備がまだ官職に就いておらず、このたびの恩賞にも与(あず)かっていないことを聞き驚く。そして、張均は劉備のことを奏聞しておくと言って別れ、参内し霊帝(れいてい)に拝謁した。

ここで張均が、皇甫嵩(こうほすう)は益州太守(えきしゅうのたいしゅ)に任ぜられ、朱雋は都へ凱旋するとただちに車騎将軍(しゃきしょうぐん)となり、河南尹(かなんのいん)に任ぜられたと話していた。あとは孫堅(そんけん)が別部司馬(べつぶしば)に任ぜられたとも。

だが前の第12話(10)では、皇甫嵩が征賊第一勲とされ、車騎将軍に任ぜられて益州牧(えきしゅうのぼく)を兼ねることになったとあった。ここで車騎将軍が朱雋に交代したという意味なのだろうか?

また、皇甫嵩についても益州牧から益州太守になっているが、これだと州牧から郡太守への格下げになってしまう。このあたりの恩賞のくだりは記述に混乱があると思う。

(02)洛陽 宮殿

霊帝は張均の願いを聞き入れ、近臣をみな遠ざけて待っていた。張均は君側の十常侍(じゅうじょうじ)の悪事を次々に語り、彼らを排除するよう決断を促す。

ここでは十常侍として、議郎(ぎろう)の張譲(ちょうじょう)・趙忠(ちょうちゅう)・段珪(だんけい)・夏輝(かき)の4人の名を挙げ、後は「などという10名」と省略されていた。

そのとき帳(とばり)の陰から十常侍が姿を現すと、張均は驚きのあまり昏倒(こんとう)してしまう。手当てを受け、後から典医(てんい)に薬湯をもらったが、それを飲むと眠ったまま死んでしまった。

霊帝が勲功の再調査と第2期の恩賞の実施を命ずると、十常侍も張均のことがあったため反対せず、むしろ自分たちの善政ぶりを示そうと形ばかりの辞令を交付した。この中に劉備の名もあり、中山府(ちゅうざんふ)の安喜県尉(あんきけんのい)に任ぜられた。

後漢(ごかん)時代には中山府という行政区画は存在しなかった。正しくは冀州(きしゅう)の中山国にある安憙県尉(安熹県尉とも)である。

劉備は関羽(かんう)と張飛(ちょうひ)を従え、500余人の手兵は王城の軍府に編入してもらい、20人ばかりの従者を連れて赴任した。

『三国志演義(1)』(井波律子〈いなみ・りつこ〉訳 ちくま文庫)(第2回)では、劉備は配下の兵士たちを故郷に帰らせ、側近の20余人だけを引き連れて赴任したとあった。

(03)安喜県

劉備が着任して4か月ほどで、県中の政治は大いに改まる。強盗悪逆の徒は影を潜め、良民は徳政に服し平和な毎日を楽しんだ。

やがて春を迎えるとともに、この地方に勅使が下向するとの知らせが伝わる。そのうち安喜県にも督郵(とくゆう)の一行がやってきた。

督郵は官名だが、吉川『三国志』では督郵という人物がやってきたようにも見える。

(04)安喜県 役館

劉備は督郵の前に出てあいさつしたが、督郵は「卿(けい)らが勅使を遇するにどのような心をもって歓待するか、その心持ちを見ようと思う」と、意味ありげなことを言う。

劉備は真心をもって応接に努め、ひとまず退がろうとしたとき督郵がまた尋ねた。「尉(の)玄徳(げんとく。劉備のあざな)。いったい卿は当所の出身の者か? それとも他県から赴任してきたのか?」

劉備が涿県(たくけん)の出身で、家系は中山靖王(ちゅうざんせいおう。劉勝〈りゅうしょう〉)の後胤(こういん)だと答えると、督郵は突然、叱るように怒鳴った。劉備は督郵の前から退がったあと随員に面会を求め、なぜ督郵が不機嫌なのかと尋ねてみる。

井波『三国志演義(1)』(第2回)では、劉備が相談した相手は督郵の随員ではなく県の役人。

すると、督郵や随員に賄賂(まいない)を贈らなかったからだ、との答え。啞然(あぜん)として私館へ帰っていく劉備。

翌日になっても何の贈り物も届かないので、督郵は県吏を呼びつけ、劉備の罪を列挙した訴状を無理やり書かせた。そして、この訴状を都(洛陽)へ急送した。

そのころ、ここ4、5日は酒ばかり飲んでいた張飛が、驢(ロ)に乗って役館の前を通りかかった。見ると門前に、7、80人の百姓や町の者たちが土下座して何かわめいたり、頭を地にすりつけたりしている。

張飛は百姓たちから、督郵が劉備に罪をかぶせて訴状をでっちあげ、それを都へ差し送ったことを聞かされる。

管理人「かぶらがわ」より

ようやく微官を得た劉備にいきなり危機が……。この第13話の終わり方だと、次に張飛が何かやらかすのは容易に想像がつきますよねぇ。

張均は気の毒な最期でしたが、このことについては井波『三国志演義(1)』(第2回)では触れられていないようです。

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