吉川『三国志』の考察 第157話「裏の裏(うらのうら)」

闞沢(かんたく)の巧みな弁舌の前に、さすがの曹操(そうそう)も黄蓋(こうがい)が投降するとの話をいくらか信じ始める。

一方、すでに周瑜(しゅうゆ)のもとに送り込まれていた蔡和(さいか)と蔡仲(さいちゅう。蔡中)は、自分たちが主役的な働きをしていることに高揚感を覚えたが――。

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第157話の展開とポイント

(01)長江(ちょうこう)の北岸 曹操の本営

曹操は酒宴の間に、蔡和と蔡仲(蔡中)からの諜報(ちょうほう)を卓の陰で読んでいたが、すぐに袂(たもと)に秘め、さりげなく言った。

「さて闞沢とやら。今はご辺(きみ)に対し一点の疑いも抱いておらん。このうえは再び呉(ご)へ帰り、予が承諾した旨を黄蓋に伝え、十分に示し合わせてわが陣へ来てくれ」

すると闞沢は首を振って断り、使いにはほかにしかるべき者を遣ってほしいと言う。それでも何度も乞われると、闞沢は初めて承知した。

なお警戒していたものの、曹操も十分に信じてきた様子。闞沢は、しすましたりと思ったが色にも見せず、他日の再会を約して小舟に乗る。その折も莫大(ばくだい)な金銀を贈られたが、手も触れず、一笑して漕(こ)ぎ去った。

(02)長江の南岸 黄蓋の軍営

さっそく闞沢は黄蓋と密談。首尾を聞いた黄蓋は甘寧(かんねい)の部隊へ行き、蔡和と蔡仲の様子を見ておいてほしいと言う。

(03)長江の南岸 甘寧の軍営

そこで闞沢は甘寧を訪ねると、蔡和と蔡仲にわざと聞かせる形で、ふたりで周瑜への不満を口にする。さらに、顔を貸してくれないかと言い、意味ありげに甘寧を隣室へ伴う。

その後も闞沢と甘寧は、たびたび人のないところで密会していた。

ある夕、囲いの中でまたふたりがヒソヒソささやいていた。かねて注目していた蔡和と蔡仲は、陣幕の外に耳を寄せジッと聞き澄ます。

だが、夕風に陣幕の一端が払われ、蔡和の半身がチラと中のふたりに見られてしまう。

闞沢と甘寧が詰め寄ると、蔡和と蔡仲は、曹操の密命を受け偽りの降伏をしてきたことを打ち明ける。蔡兄弟は、これが巧妙な謀計とは露ほども気づかなかった。

すでに自分たちが謀計中の主役的な使命を帯び、この敵地で活躍しているために、かえって相手の謀計に乗せられているとは思いもつかなかったのである。

その晩、4人は同座して深更(深夜)まで酒を酌んでいた。蔡和と蔡仲は、この場で曹操への報告文をしたためる。闞沢も別に書簡を調えると、密かに部下に命じて江北(こうほく)の魏軍(ぎぐん)へ送り届けた。

その書簡には、同党の士である甘寧も計画に加わること。そして近く黄蓋を謀主として、兵糧や軍需の資を船に移し、江を渡って投降すること。

不日、青龍の牙旗(がき)を翻した船を見たら我らの降参船とご覧になり、水寨(すいさい)の弩(ど)の乱射を止めてほしいことが書かれていた。

『三国志演義 改訂新版』(立間祥介〈たつま・しょうすけ〉訳 徳間文庫)の訳者注によると、「(牙旗は)大将の旗。陣頭に立てる大きな旗で、竿(さお)の先を象牙で飾るからこう言うともいわれる」とある。

(04)長江の北岸 曹操の本営

やがて曹操は闞沢の書簡を受け取ったが、さすがに鵜(う)吞みには信じなかった。むしろ疑惑の目をもって、一字一句を繰り返し繰り返し眺めていた。

管理人「かぶらがわ」より

まさに計り合い。確かに自分が計る側だと思い込んでいると、自分が計られていることには気づきにくいかも……。

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