-180年- 庚申(こうしん)
【漢】 光和(こうわ)3年 ※霊帝(れいてい。劉宏〈りゅうこう〉)
月別および季節別の主な出来事
【01月】
癸酉(きゆう)の日(?日)
霊帝が大赦を行う。
『後漢書(ごかんじょ)』(霊帝紀〈れいていぎ〉)
【02月】
三公の府の駐車場にある廊下の屋根が自然に壊れる。
『後漢書』(霊帝紀)
【03月】
梁王(りょうおう)の劉元(りゅうげん)が薨去(こうきょ)する。
『後漢書』(霊帝紀)
【04月】
江夏蛮(こうかばん)が反乱を起こす。
『後漢書』(霊帝紀)
【06月】
霊帝が公卿(こうけい)に詔(みことのり)を下し、『古文尚書(こぶんしょうしょ)』『毛詩(もうし)』『左氏春秋(さししゅんじゅう)』『穀梁春秋(こくりょうしゅんじゅう)』に通じた者を、それぞれひとりずつ推挙させて議郎(ぎろう)に任じた。
『後漢書』(霊帝紀)
【秋】
表是県(ひょうしけん)で地震が起こり、水が湧く。
『後漢書』(霊帝紀)
【08月】
霊帝が、縑(きぬ)を納めることで未決囚に罪を購わせる。納めさせる縑の量は罪状によって差がつけられた。
『後漢書』(霊帝紀)
【冬】
彗星(すいせい)が狼(ろう。星の名)・弧(こ。星の名)の分野に現れる。
『後漢書』(霊帝紀)
★ここでは冬閏月とだけあったがよくわからず。この年に閏月はないのでは?
【冬】
鮮卑(せんぴ)が、幽州(ゆうしゅう)・幷州(へいしゅう)の両州に侵攻する。
『後漢書』(霊帝紀)
【12月】
己巳(きし)の日(5日)
霊帝が、貴人(きじん。皇妃の位のひとつ)の何氏(かし)を皇后に立てる。
『後漢書』(霊帝紀)
⇒12月
霊帝が、何氏を皇后に立てる。また、何氏の兄の何進(かしん)が侍中(じちゅう)に任ぜられた。
『正史 三国志8』(小南一郎〈こみなみ・いちろう〉訳 ちくま学芸文庫)の年表
【?月】
蒼梧(そうご)・桂陽(けいよう)の両郡の不服従民が、郡県の役所を攻める。零陵太守(れいりょうたいしゅ)の楊琁(ようせん)が、火馬の計を用いて討ち破った。
『正史 三国志8』の年表
【?月】
この年、霊帝が、畢圭苑(ひっけいえん)と霊昆苑(れいこんえん)を造営した。
『後漢書』(霊帝紀)
★李賢注(りけんちゅう)によると「畢圭苑にはふたつがある。東畢圭苑は周囲が1,500歩で、敷地内に魚梁台(ぎょりょうだい)がある。西畢圭苑は周囲が3,300歩で、ともに洛陽(らくよう)の宣平門(せんぺいもん)の外にあった」という。
【?月】
この年、霊帝が、皇女の劉某(りゅう? 名は不詳)を万年公主(まんねんこうしゅ)に封じた。
『後漢書』(皇后紀〈こうごうぎ〉)
特記事項
「この年(180年)に生まれたとされる人物」
劉廙(りゅうい)
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