281年(晋の太康2年)の主な出来事

-281年- 辛丑(しんちゅう)
【晋】 太康(たいこう)2年 ※武帝(ぶてい。司馬炎〈しばえん〉)

月別および季節別の主な出来事

【?月】
この年、晋(しん)の揚州刺史(ようしゅうしし)の周浚(しゅうしゅん)が寿春(じゅしゅん)から秣陵(ばつりょう)に役所を移し、呉(ご)の旧民たちの反乱を鎮めて懐柔にあたった。
『参考年表』

【?月】
この年、戦国時代の魏(ぎ)の襄王(じょうおう。安釐王〈あんきおう〉)の冢墓(ちょうぼ)から大量の竹簡が発見された(いわゆる「汲冢書〈きゅうちょうしょ〉」。発見された年については異説もある)。
『参考年表』

【?月】
この年、鮮卑(せんぴ)の慕容歩帰(ぼようほき)が昌黎(しょうれい)に侵入した。
『正史三國志群雄銘銘傳(増補版)』(『三国志』年表)

【?月】
この年、郭欽(かくきん)が『徙戎論(しじゅうろん)』を著し「彼らを故地に戻すように」と主張したものの、司馬炎に容れられなかった。
『正史三國志群雄銘銘傳(増補版)』(『三国志』年表)

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