孔伷(こうちゅう)

【姓名】 孔伷(こうちゅう) 【あざな】 公緒(こうしょ)

【原籍】 陳留郡(ちんりゅうぐん)

【生没】 ?~?年(?歳)

【吉川】 第025話で初登場。
【演義】 第005回で初登場。
【正史】 登場人物。

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反董卓(とうたく)連合軍に参加した諸侯

父母ともに不詳。

189年、董卓が実権を握ると、孔伷は豫州刺史(よしゅうのしし)に起用された。

翌190年1月、山東(さんとう)の諸侯が反董卓を旗印に挙兵すると、彼もこの動きに呼応。しかし諸侯の足並みがそろわず、やがて連合軍は自然解散した。その後の孔伷については記事がない。

管理人「かぶらがわ」より

登場箇所が少ないためコメントしにくいです。

『三国志』(魏書〈ぎしょ〉・鄭渾伝〈ていこんでん〉)の裴松之注(はいしょうしちゅう)に引く張璠(ちょうはん)の『漢紀(かんき。後漢紀〈ごかんき〉)』によると、鄭泰(ていたい)と董卓とのやり取りの中で、鄭泰が孔伷のことを「人物批評や高尚な議論が得意で、それは枯れ木を生き返らせ、生木を枯らすほどの見事さですが、軍の指揮官の才能はなく、雨露に耐えるような勤労には向きません」と評していました。

つまり、彼は文人だったということですよね。必ずしも諸侯自身が勇猛である必要はないのでしょうが、この連合軍には指揮官に向かない人が多すぎるような……。

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人物データ 群雄諸侯
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今日も三国志日和 – 史実と創作からみる三国志の世界 –

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