張氏(ちょうし)I ※蜀(しょく。季漢〈きかん〉、蜀漢)の劉禅(りゅうぜん)の妻、張皇后(ちょうこうごう)

【姓名】 張氏(ちょうし) ※名とあざなは不詳

【原籍】 涿郡(たくぐん)

【生没】 ?~?年(?歳)

【吉川】 登場せず。
【演義】 登場せず。
【正史】 登場人物。『蜀書(しょくしょ)・張皇后伝(ちょうこうごうでん)』あり。

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蜀(しょく)の劉禅(りゅうぜん)の正室、張皇后

父は張飛(ちょうひ)、母はおそらく夏侯霸(かこうは)の従妹(夏侯氏か?)。張苞(ちょうほう)と張紹(ちょうしょう)は兄弟で、姉の張氏も劉禅の皇后だった。

237年、宮中に入って貴人(きじん。皇妃の位のひとつ)となる。同年6月には、劉禅の皇后だった姉の張氏が崩御(ほうぎょ)した。

翌238年1月、劉禅の皇后に立てられる。

263年11月、劉禅が魏(ぎ)曹奐(そうかん)に降ったため、翌264年には劉禅に付き従って洛陽(らくよう)へ移る。その後の消息は不明。

管理人「かぶらがわ」より

登場箇所が少ないためコメントしにくいです。具体的な事績についての記事がなく、どのような人物だったのかはわかりませんでした。

『三国志』(魏書〈ぎしょ〉・夏侯淵伝〈かこうえんでん〉)の裴松之注(はいしょうしちゅう)に引く魚豢(ぎょかん)の『魏略(ぎりゃく)』によると、「建安(けんあん)5(200)年、そのころ夏侯霸の従妹で13、4歳になる少女が本籍地の郡に住んでいたが、薪(たきぎ)を採りに出かけて張飛に捕まった。張飛は良家の娘だと知ると、そのまま自分の妻にした。後に彼女は娘を生み、その娘が劉禅の皇后になった」のだという。

「『か』から始まる登場・関連人物一覧(1)」の夏侯氏Aの補足で触れましたが、夏侯霸の従妹と言っても、母方の従妹だった場合は夏侯氏ではないですよね?

また張飛の娘と言っても、ともに劉禅の皇后となった彼女とその姉が、同母姉妹と書かれていないようなので、異母姉妹の可能性がないとも言えません。

「後に彼女(張氏の母)は娘を生み、その娘はふたりとも劉禅の皇后になった」などと書かれているのであれば、同母姉妹だと判断できるのですが……。

それでも訳書の記事を読んでいくと、このふたりは同母姉妹なのだろうなという印象は受けました。

200年と言えば、曹操(そうそう)が官渡(かんと)の戦いで袁紹(えんしょう)を破った年です。袁紹のもとにいた劉備が命を受け、許(きょ)の近郊を荒らしていた劉辟(りゅうへき)を助勢しに行ったりもしています。

曹操のもとを離れた関羽(かんう)も劉備と再会していますし、肝心の張飛の動きが詳しくわからないものの、『魏略』の話はありそうですよね。

本籍地の郡に住んでいたという部分がイマイチわかりにくかったので、張氏の母については、はっきりしないところが残りました。

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