183年(漢の光和6年)の主な出来事

-183年- 癸亥(きがい)
【漢】 光和(こうわ)6年 ※霊帝(れいてい。劉宏〈りゅうこう〉)

月別および季節別の主な出来事

【01月】
日南郡(にちなんぐん)の塞外の国が通訳を重ね、漢(かん)に貢ぎ物を献ずる。
『後漢書(ごかんじょ)』(霊帝紀〈れいていぎ〉)

【02月】
霊帝が(高祖〈こうそ〉劉邦〈りゅうほう〉の長陵〈ちょうりょう〉がある)長陵県を豊(ほう)・沛(はい)と同様に租税免除とする。
『後漢書』(霊帝紀)

【03月】
辛未(しんび)の日(21日)
霊帝が大赦を行う。
『後漢書』(霊帝紀)

【夏】
大日照りとなる。
『後漢書』(霊帝紀)

ここでは具体的な場所についての記述はなかった。

【秋】
金城郡(きんじょうぐん)で河水が氾濫する。
『後漢書』(霊帝紀)

【秋】
五原郡(ごげんぐん)で山岸が崩れる。
『後漢書』(霊帝紀)

【秋】
霊帝が初めて「圃囿署(ほゆうしょ)」を設置し、宦官(かんがん)をその令(れい)に起用する。
『後漢書』(霊帝紀)

【冬】
東海(とうかい)・東萊(とうらい)・琅邪(ろうや)の3か国の井戸で厚さ1尺(せき)を超える氷が張る。
『後漢書』(霊帝紀)

【?月】
この年は大豊作だった。
『後漢書』(霊帝紀)

【?月】
この十数年の間に「太平道(たいへいどう)」は8州にまで広まり、数十万人を擁する集団となる。そして、彼らは(翌年の)甲子(こうし)の年(184年)を期しての蜂起をもくろんでいた。
『正史三國志群雄銘銘傳(増補版)』(『三国志』年表)

【?月】
この年、(175年から制作されていた)「熹平石経(きへいせきけい)」が完成した。
『正史三國志群雄銘銘傳(増補・改訂版)』(『三国志』年表)

「この年(183年)に生まれたとされる人物」
陸遜(りくそん)・留賛(りゅうさん)・胡綜(こそう)・盧毓(ろいく)。
『正史三國志群雄銘銘傳(増補版)』(『三国志』年表)

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