273年(晋の泰始9年・呉の鳳皇〈鳳凰〉2年)の主な出来事

-273年- 癸巳(きし)
【晋】 泰始(たいし)9年 ※武帝(ぶてい。司馬炎〈しばえん〉)
【呉】 鳳皇(ほうおう。鳳凰)2年 ※帰命侯(きめいこう。孫晧〈そんこう〉)

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月別および季節別の主な出来事

【03月】
呉(ご)の孫晧が陸抗(りくこう)を大司馬(だいしば)に任ずる。
『三国志』(呉書〈ごしょ〉・孫晧伝)

⇒03月
呉の孫晧が陸抗を大司馬・荊州牧(けいしゅうのぼく)に任ずる。
『正史 三国志8』(小南一郎〈こみなみ・いちろう〉訳 ちくま学芸文庫)の年表

【03月】
呉の司徒(しと)の丁固(ていこ)が死去する。
『三国志』(呉書・孫晧伝)

【04月】「韋昭(いしょう。韋曜〈いよう〉)の死」
呉の孫晧が韋昭(韋曜)を投獄して誅殺する。
『正史 三国志8』の年表

【07月】
晋の司馬炎が高位高官の娘を対象として宮人を選ぶことにし、この選抜が終わるまで天下の婚姻を禁止する。
『正史三國志群雄銘銘傳 増補版』(坂口和澄〈さかぐち・わずみ〉著 光人社)の『三国志』年表

【09月】
呉の孫晧が、息子の淮陽王(わいようおう)を魯王(ろおう)に、東平王(とうへいおう)を斉王(せいおう)に、それぞれ移封したうえ、そのほかに陳留王(ちんりゅうおう)・章陵王(しょうりょうおう)など9人の王を新たに封ずる。これにより全部で11王となり、王ごとに3千の兵が配置された。
『三国志』(呉書・孫晧伝)

ここでは王に封ぜられた孫晧の息子たちの名は出てこなかった。

【09月】
呉の孫晧が大赦を行う。
『三国志』(呉書・孫晧伝)

【?月】
この年、呉の孫晧の愛妾(あいしょう)に、市場へ人を遣り民の財貨を強奪させた者がいた。司市中郎将(ししちゅうろうしょう)の陳声(ちんせい)は孫晧が特に目をかけている臣下で、この陳声が法によって処罰した。

ところが愛妾の訴えを聴いた孫晧は激怒し、別件にかこつけ、焼いた鋸(のこぎり)で陳声の首を切り落とさせ、遺骸を四望山(しぼうざん)のふもとに捨てさせた。
『三国志』(呉書・孫晧伝)

【?月】
この年、呉の太尉(たいい)の范慎(はんしん)が死去した。
『三国志』(呉書・孫晧伝)

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正史年表 270年代
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