212年(漢の建安17年)の主な出来事

-212年- 壬辰(じんしん)
【漢】 建安(けんあん)17年 ※献帝(けんてい。劉協〈りゅうきょう〉)

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月別および季節別の主な出来事

【01月】
曹操(そうそう)が鄴(ぎょう)に帰還する。献帝は、曹操に蕭何(しょうか)の旧例に倣い、「拝謁の際に名前の称呼を取りやめる」「朝廷で小走りの歩き方をしなくてもよい」「剣を帯びたまま、履き物をはいて殿上に登ってもよい」という3つの特権を与えた。
『三国志』(魏書〈ぎしょ〉・武帝紀〈ぶていぎ〉)

【?月】
曹操が夏侯淵(かこうえん)を遣わし、藍田(らんでん)に駐屯していた旧馬超(ばちょう)勢力の梁興(りょうこう)らを討伐させる。
『三国志』(魏書・武帝紀)

【?月】
曹操の意向により、河内郡(かだいぐん)の蕩陰(とういん)・朝歌(ちょうか)・林慮(りんりょ)の3県、東郡(とうぐん)の衛国(えいこく)と頓丘(とんきゅう)・東武陽(とうぶよう)・発干(はつかん)の3県、さらに鉅鹿郡(きょろくぐん)のエイ陶(えいとう。广+嬰)・曲周(きょくしゅう)・南和(なんか)の3県、広平郡(こうへいぐん)の任城県(じんじょうけん)、趙国(ちょうこく)の襄国(じょうこく)と邯鄲(かんたん)・易陽(えきよう)の両県が分割され、魏郡(ぎぐん)に付加される。
『三国志』(魏書・武帝紀)

『後漢書(ごかんじょ)』(郡国志〈ぐんこくし〉)の劉昭注(りゅうしょうちゅう)が『魏志(ぎし。三国志の魏書)』(武帝紀)を引き、ほぼ同様のことを述べている。ただ、鉅鹿郡のくだりが「鉅鹿(郡)のエイ陶・曲周・南和・広平・任(の5県)……」となっており、いくらか違いが見られる。

【05月】「馬騰(ばとう)の死」
癸未(きび)の日(?日)
衛尉(えいい)の馬騰が誅殺され、一族も皆殺しとなる。
『後漢書』(献帝紀〈けんていぎ〉)

⇒05月
曹操が、馬騰と息子の馬休(ばきゅう)・馬鉄(ばてつ)を殺害する。
『正史三國志群雄銘銘傳 増補版』(坂口和澄〈さかぐち・わずみ〉著 光人社)の『三国志』年表

【06月】
庚寅(こういん)の日、晦(かい)
日食が起こる。
『後漢書』(献帝紀)

【07月】
洧水(いすい)と潁水(えいすい)が氾濫する。
『後漢書』(献帝紀)

【07月】
螟(ズイムシ)の被害が出る。
『後漢書』(献帝紀)

ここでは具体的な場所についての記述はなかった。

【08月】
馬超が涼州(りょうしゅう)を攻め破り、涼州刺史(りょうしゅうしし)の韋康(いこう)を殺害する。
『後漢書』(献帝紀)

【09月】
庚戌(こうじゅつ)の日(21日)
献帝が、皇子の劉熙(りゅうき)を済陰王(せいいんおう)に、劉懿(りゅうい)を山陽王(さんようおう)に、劉邈(りゅうばく)を済北王(せいほくおう)に、劉敦(りゅうとん)を東海王(とうかいおう)に、それぞれ封ずる。
『後漢書』(献帝紀)

李賢注(りけんちゅう)によると「『山陽公載記(さんようこうさいき)』に『このとき許靖(きょせい)は巴郡(はぐん)にあって、(献帝の皇子である)諸王が立てられたことを聞いて言った。これから物を縮めようとするときには、必ずしばらくこれを引っ張り、これから物を奪おうとするときには、必ずしばらくこれを与える。これは孟徳(もうとく。曹操のあざな)のことを言っているのだ』とある」という。

【?月】
孫権(そんけん)が石頭(せきとう)に城壁を築き、秣陵(ばつりょう)を建業(けんぎょう)と改める。また曹操が侵攻を計画していると聞き、濡須塢(じゅしゅう)を築いた。
『三国志』(呉書〈ごしょ〉・呉主伝〈ごしゅでん〉)

『後漢書』(郡国志)の劉昭注によると、この年(212年)に孫権が石頭(石頭城)を築いたことについては同じ内容だが、秣陵を建業と改めたのは建安16(211)年のことだとある。

⇒10月
曹操が孫権討伐の兵を起こし、濡須(じゅしゅ)へ軍を進める。
『正史 三国志8』(小南一郎〈こみなみ・いちろう〉訳 ちくま学芸文庫)の年表

【?月】「荀彧(じゅんいく)の死」
曹操配下の荀彧が、曹操の帝位簒奪(さんだつ)の野望を阻止しようとしたものの、結局、寿春(じゅしゅん)で服毒自殺する。
『正史 三国志8』の年表

【?月】
劉備(りゅうび)が劉璋(りゅうしょう)に対して軍事行動を起こす。
『正史 三国志8』の年表

⇒12月
劉備が劉璋との間で戦端を開き、葭萌(かぼう)から涪城(ふうじょう)に進出する。
『正史三國志群雄銘銘傳 増補版』の『三国志』年表

【12月】
彗星が五諸侯(ごしょこう。星の名)に現れる。
『後漢書』(献帝紀)

李賢注によると「五諸侯は星の名である」という。

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正史年表 210年代
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今日も三国志日和 – 史実と創作からみる三国志の世界 –

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