吉川『三国志』

(10) 五丈原の巻

吉川『三国志』の考察 第295話「賭(かけ)」

陳倉道(ちんそうどう)の長雨で大きな被害を出し、蜀軍(しょくぐん)と戦うことなく退却した魏軍(ぎぐん)。 曹真(そうしん)は諸葛亮(しょかつりょう)が追撃してこないことをいぶかるも、司馬懿(しばい)の見解は彼と異なるものだった。そこで曹真は...
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(10) 五丈原の巻

吉川『三国志』の考察 第294話「長雨(ながあめ)」

太和(たいわ)4(230)年7月、体調も回復した曹真(そうしん)が朝廷に姿を見せ、曹叡(そうえい)から蜀(しょく)攻めの許可を取りつける。魏軍(ぎぐん)40万が蜀の剣門関(けんもんかん)に押し寄せたのは、それから10か月後のことだった。 と...
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(10) 五丈原の巻

吉川『三国志』の考察 第293話「天血の如し(てんちのごとし)」

ひとまず祁山(きざん)から引き揚げ、漢中(かんちゅう)への帰還命令を出す蜀(しょく)の諸葛亮(しょかつりょう)。魏(ぎ)の張郃(ちょうこう)は追撃を強く願い出、ついに司馬懿(しばい)の許しを得た。 張郃ひきいる精兵3万に続き、司馬懿自身も、...
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(10) 五丈原の巻

吉川『三国志』の考察 第292話「司馬仲達計らる(しばちゅうたつはからる)」

魏(ぎ)の太和(たいわ)3(229)年4月、司馬懿(しばい)ひきいる魏軍と諸葛亮(しょかつりょう)ひきいる蜀軍(しょくぐん)が、初めて祁山(きざん)で対峙(たいじ)した。 蜀は別動部隊を用いて、武都(ぶと)と陰平(いんぺい)を攻略。諸葛亮の...
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(10) 五丈原の巻

吉川『三国志』の考察 第291話「総兵之印(そうへいのいん)」

諸葛亮(しょかつりょう)は蜀軍(しょくぐん)をひきい、みたび祁山(きざん)に進出する。今回は陰平(いんぺい)と武都(ぶと)の両郡の攻略を目指し、王平(おうへい)と姜維(きょうい)に1万騎ずつを付けて差し向けた。 これに対し魏(ぎ)の曹叡(そ...
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吉川『三国志』の考察 第290話「食(しょく)」

曹真(そうしん)は郭淮(かくわい)の進言を容れ、孫礼(そんれい)に兵糧運搬を装わせ、蜀軍(しょくぐん)をおびき寄せようと計った。 だが報告を受けた諸葛亮(しょかつりょう)は、孫礼が曹叡(そうえい)から信寵されている人物だと聞き、これが罠であ...
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吉川『三国志』の考察 第289話「二度祁山に出づ(ふたたびきざんにいづ)」

陳倉城(ちんそうじょう)を守る魏(ぎ)の郝昭(かくしょう)は、蜀(しょく)の大軍に包囲されながらもよくしのいだ。諸葛亮(しょかつりょう)は、予想外の苦戦に焦りを募らせる。 このとき姜維(きょうい)が、陳倉の小城にこだわることはないと進言。こ...
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吉川『三国志』の考察 第288話「二次出師表(にじすいしのひょう)」

街亭(がいてい)の敗戦以来、諸葛亮(しょかつりょう)は漢中(かんちゅう)に留まって蜀軍(しょくぐん)の再編制にあたり、ようやく目的を遂げつつあった。 趙雲(ちょううん)の訃報に接した後、諸葛亮は劉禅(りゅうぜん)に「後出師表(こうすいしのひ...
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吉川『三国志』の考察 第287話「髪を捧ぐ(はつをささぐ)」

呉(ご)の鄱陽太守(はようたいしゅ)の周魴(しゅうほう)が届けた密書が、揚州(ようしゅう。楊州)にいる魏(ぎ)の大司馬(だいしば)の曹休(そうきゅう)から、洛陽(らくよう)の曹叡(そうえい)に奉呈される。 曹叡は評議の末に司馬懿(しばい)の...
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吉川『三国志』の考察 第286話「馬謖を斬る(ばしょくをきる)」

諸葛亮(しょかつりょう)をはじめとする蜀(しょく)の諸将が、敗軍とともに続々と漢中(かんちゅう)へたどり着く。 諸葛亮は、街亭(がいてい)の戦いに関わった王平(おうへい)・魏延(ぎえん)・高翔(こうしょう)から話を聞いたうえ、大敗の責任を取...
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吉川『三国志』の考察 第285話「高楼弾琴(こうろうだんきん)」

司馬懿(しばい)は長安(ちょうあん)で20万の大軍を整えると、張郃(ちょうこう)を先鋒に進軍を開始。司馬懿の狙いは、いち早く街亭(がいてい)の地を押さえることにあった。 しかし諸葛亮(しょかつりょう)は、馬謖(ばしょく)と王平(おうへい)に...
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吉川『三国志』の考察 第284話「洛陽に生色還る(らくようにせいしょくかえる)」

曹叡(そうえい)の詔(みことのり)を宛城(えんじょう)で拝受した司馬懿(しばい)。すぐさま兵を集めると、洛陽(らくよう)ではなく、謀反の兆しを見せていた孟達(もうたつ)がいる新城(しんじょう)へ急ぐ。 孟達は、司馬懿が洛陽に向かっているとの...
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吉川『三国志』の考察 第283話「鶏家全慶(けいかぜんけい)」

西羌(せいきょう)の鉄車隊を鮮やかに撃破し、祁山(きざん)の本営に戻った諸葛亮(しょかつりょう)。魏(ぎ)の曹真(そうしん)は敗戦を重ね、渭水(いすい)から総退却せざるを得なくなる。 ここで曹叡(そうえい)は鍾繇(しょうよう)の進言を容れ、...
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(10) 五丈原の巻

吉川『三国志』の考察 第282話「西部第二戦線(せいぶだいにせんせん)」

魏(ぎ)の曹叡(そうえい)の指示を受けた西羌国王(せいきょうこくおう)の徹里吉(てつりきつ)は、武相(ぶしょう)の越吉(えつきつ)と宰相の雅丹(がたん)に25万の軍勢を預け、蜀境(しょくきょう)の西平関(せいへいかん)へ向かわせる。 諸葛亮...
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(10) 五丈原の巻

吉川『三国志』の考察 第281話「祁山の野(きざんのや)」

太和(たいわ)元(227)年、魏(ぎ)の曹叡(そうえい)は曹真(そうしん)を大都督(だいととく)に任じ、20万の大軍を委ねる。副将には郭淮(かくわい)が選ばれ、さらに王朗(おうろう)が軍師として従軍することになった。 やがて諸葛亮(しょかつ...
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(10) 五丈原の巻

吉川『三国志』の考察 第280話「美丈夫姜維(びじょうふきょうい)」

安定太守(あんていたいしゅ)の崔諒(さいりょう)とは対照的に、天水太守(てんすいたいしゅ)の馬遵(ばじゅん)は、諸葛亮(しょかつりょう)の偽使者の計略にかからなかった。その陰には、姜維(きょうい)という名の若者の活躍があった。 諸葛亮は趙雲...
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(10) 五丈原の巻

吉川『三国志』の考察 第279話「中原を指して(ちゅうげんをさして)」

諸葛亮(しょかつりょう)は北伐の軍勢をひきいて大路を進む。蜀軍(しょくぐん)が堂々と直進してきたことに、各所に軍勢を分けていた魏軍(ぎぐん)は意表を突かれる。 魏の総大将の夏侯楙(かこうも)は鳳鳴山(ほうめいざん)で敗れた後、諸葛亮の計略の...
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(09) 出師の巻

吉川『三国志』の考察 第278話「出師の表(すいしのひょう)」

諸葛亮(しょかつりょう)は、魏(ぎ)の要職を占めるまでになった司馬懿(しばい)を警戒していた。 その司馬懿が曹叡(そうえい)に免官され、故郷へ帰されたと聞くや、諸葛亮は劉禅(りゅうぜん)に「出師(すいし)の表」を奉呈。宿願の北伐を断行し、自...
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(09) 出師の巻

吉川『三国志』の考察 第277話「鹿と魏太子(しかとぎたいし)」

魏(ぎ)の皇太子の曹叡(そうえい)は15歳になり、その英才は皆の注目を集めていた。彼は父の曹丕(そうひ)と狩りに出たとき、母鹿を亡くした子鹿をどうしても殺せず、思いやりのある一面を見せる。 黄初(こうしょ)7(226)年5月、曹丕が40歳で...
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(09) 出師の巻

吉川『三国志』の考察 第276話「王風万里(おうふうばんり)」

盤蛇谷(ばんだこく)へ誘い込み、兀突骨(ごつとつこつ)と配下の藤甲軍(とうこうぐん)を焼き尽くした諸葛亮(しょかつりょう)。 ななたび孟獲(もうかく)を捕らえ、ななたび放そうとするも、彼はいつものように立ち去らず、男泣きに許しを乞う。ついに...
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