かぶらがわ

(09) 出師の巻

吉川『三国志』の考察 第239話「国葬(こくそう)」

洛陽(らくよう)にいた曹操(そうそう)のもとに、孫権(そんけん)から関羽(かんう)の首が届けられる。曹操は、司馬懿(しばい)の進言によって孫権の意図を悟るが、その受け取りを拒むことなく、王侯の礼をもって盛大に関羽の国葬を執り行う。第239話...
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(09) 出師の巻

吉川『三国志』の考察 第238話「草喰わぬ馬(くさくわぬうま)」

馬忠(ばちゅう)に捕らえられた関羽(かんう)は、同じく朱然(しゅぜん)や潘璋(はんしょう)に捕らえられた関平(かんぺい)ともども、孫権(そんけん)の前に引き据えられる。孫権は降伏を勧めるが、あくまでふたりは拒み、ついに並んで首をはねられた。...
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(09) 出師の巻

吉川『三国志』の考察 第237話「蜀山遠し(しょくざんとおし)」

麦城(ばくじょう)に立て籠もり、上庸(じょうよう)からの援軍を待つ関羽(かんう)。しかし、この間にも傷病者や脱走者が増え続け、もはや手勢は300人ほどになった。関羽は王甫(おうほ)と100余人の兵士を麦城に留め、自身は関平(かんぺい)らと2...
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(09) 出師の巻

吉川『三国志』の考察 第236話「月落つ麦城(つきおつばくじょう)」

今や敗将の身となり、逃走を続ける関羽(かんう)。荊州(けいしゅう)の呂蒙(りょもう)に玉砕覚悟で挑もうと考えたが、配下の兵士に脱走者が相次いだことから断念する。関羽は、4、500人まで減った手勢とともに麦城(ばくじょう)へ入ると、上庸(じょ...
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(09) 出師の巻

吉川『三国志』の考察 第235話「鬢糸の雪(びんしのゆき)」

偃城(えんじょう)の城外で徐晃(じょこう)の軍勢とぶつかった関平(かんぺい)は、すでに荊州(けいしゅう)が陥落したとのうわさを聞いて動揺。偃城を失い、四冢(しちょう)にある廖化(りょうか)の陣へ急ぐ。だが、ほどなく徐晃の計略にはまって四冢も...
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(09) 出師の巻

吉川『三国志』の考察 第234話「荊州変貌(けいしゅうへんぼう)」

荊州(けいしゅう)に入城した孫権(そんけん)は、虞翻(ぐほん)を遣って公安(こうあん)の傅士仁(ふしじん)を説かせ、戦わずして降伏させる。次いで傅士仁を用いて南郡(なんぐん)の糜芳(びほう。麋芳)を説かせ、こちらも戦うことなく降す。孫権の使...
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(09) 出師の巻

吉川『三国志』の考察 第233話「笠(かさ)」

関羽(かんう)が頼みにしていた烽火台(のろしだい)も機能せず、呂蒙(りょもう)の知謀の前に荊州(けいしゅう)は陥ちた。呂蒙は占領後の民心の安定にも気を配り、自ら城内を巡察したが、にわか雨の中、ひとりの兵士が百姓の笠をかざして駆けてくるのを目...
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(09) 出師の巻

吉川『三国志』の考察 第232話「呂蒙と陸遜(りょもうとりくそん)」

呂蒙(りょもう)の進言を容れる形で、密かに曹操(そうそう)と結ぶことを決めた孫権(そんけん)。呂蒙は任地の陸口(りくこう)に戻って進撃の機会をうかがうも、荊州(けいしゅう)の関羽(かんう)が厳重に備えていることを知る。そこで病と称して建業(...
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(09) 出師の巻

吉川『三国志』の考察 第231話「建業会議(けんぎょうかいぎ)」

樊川(はんせん)地方から敗報が伝わるや、鄴都(ぎょうと)の魏王宮(ぎおうきゅう)は騒然とした。曹操(そうそう)は、孫権(そんけん)を説いて関羽(かんう)の後ろを突かせようと考え、実際に徐晃(じょこう)を大将とする5万の援軍を差し向けたうえ、...
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(09) 出師の巻

吉川『三国志』の考察 第230話「骨を削る(ほねをけずる)」

龐徳(ほうとく。龐悳)との一騎討ちで負った関羽(かんう)の矢傷が悪化し、関平(かんぺい)をはじめ、幕僚も体調を心配する。彼らが名医を捜していたところへ、呉(ご)からひとりの医者がやってくる。広く名が知られた華陀(かだ。華佗)だった。第230...
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(08) 図南の巻

吉川『三国志』の考察 第229話「七軍魚鼈となる(しちぐんぎょべつとなる)」

龐徳(ほうとく。龐悳)との一騎討ちで矢傷を負った関羽(かんう)。その傷が回復の兆しを見せたころ、曹操軍(そうそうぐん)はにわかに布陣を変えた。関羽は土地の案内者を伴い、自ら高地に登って地形を眺めるが、ここで必殺の一計を思いつく。この日から彼...
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(08) 図南の巻

吉川『三国志』の考察 第228話「関平(かんぺい)」

樊城(はんじょう)の包囲を続けていた関羽(かんう)のもとに、曹操(そうそう)の援軍が迫っているとの知らせが届く。関羽が迎撃に向かおうとすると、養子の関平(かんぺい)が、自分を代わりに遣わしてほしいと強く請う。許しを得た関平は、敵の先鋒の龐徳...
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(08) 図南の巻

吉川『三国志』の考察 第227話「生きて出る柩(いきてでるひつぎ)」

樊城(はんじょう)の曹仁(そうじん)が関羽(かんう)に包囲されると、曹操(そうそう)は援軍の総大将に于禁(うきん)を指名したうえ、豪勇の龐徳(ほうとく。龐悳)を副将とし、七手組(ななてぐみ)と呼ぶ、自身の親衛軍も添えることにした。すでに副将...
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(08) 図南の巻

吉川『三国志』の考察 第226話「烽火台(のろしだい)」

魏王(ぎおう)の曹操(そうそう)に対抗し、劉備(りゅうび)が漢中王(かんちゅうおう)に即位したことを知り、呉侯(ごこう)の孫権(そんけん)はいらだちを隠せない。さらに、荊州(けいしゅう)へ遣わした諸葛瑾(しょかつきん)が関羽(かんう)に追い...
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(08) 図南の巻

吉川『三国志』の考察 第225話「漢中王に昇る(かんちゅうおうにのぼる)」

曹操軍(そうそうぐん)を漢中(かんちゅう)から退けた劉備(りゅうび)の版図は、今や一大強国と呼ぶにふさわしい広さとなる。そこで諸葛亮(しょかつりょう)をはじめとする群臣は、劉備に漢中王(かんちゅうおう)の位に即くよう繰り返し勧めるが、なかな...
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(08) 図南の巻

吉川『三国志』の考察 第224話「鶏肋(けいろく)」

次男の曹彰(そうしょう)が援軍をひきいて合流したことにより、ここしばらく劉備軍(りゅうびぐん)に押されっぱなしだった曹操(そうそう)も、気を取り直す。ところが、斜谷(やこく)の関城(かんじょう)で夕食を取っていた際、曹操がつぶやいたひと言か...
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(08) 図南の巻

吉川『三国志』の考察 第223話「次男曹彰(じなんそうしょう)」

漢水(かんすい)で黄忠(こうちゅう)と趙雲(ちょううん)に敗れた曹操(そうそう)は、北山(ほくざん)に続いて米倉山(べいそうざん)も失い、南鄭(なんてい)の辺りまで引く。さらに曹操は、陽平関(ようへいかん)も捨てて斜谷(やこく)へ後退したが...
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(08) 図南の巻

吉川『三国志』の考察 第222話「趙子龍(ちょうしりゅう)」

曹操(そうそう)自ら20万の大軍をひきいて漢水(かんすい)まで迫ると、黄忠(こうちゅう)は劉備(りゅうび)の許しを得て迎撃に向かうが、このとき副将として趙雲(ちょううん)を付けてもらう。黄忠は少数の兵で、曹操軍の兵糧が蓄えられている北山(ほ...
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(08) 図南の巻

吉川『三国志』の考察 第221話「一股傷折(いっこしょうせつ)」

定軍山(ていぐんざん)に陣取る夏侯淵(かこうえん)と、山のふもとに布陣して対峙(たいじ)する黄忠(こうちゅう)。黄忠は法正(ほうせい)と協議のうえ、定軍山の西にある山を攻め取り、敵陣を一望できる位置を占めた。危険を感じた夏侯淵は、山を奪い返...
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(08) 図南の巻

吉川『三国志』の考察 第220話「絶妙好辞(ぜつみょうこうじ)」

天蕩山(てんとうざん)を奪われた張郃(ちょうこう)と夏侯尚(かこうしょう)は、定軍山(ていぐんざん)まで逃げ延び、夏侯淵(かこうえん)に味方の劣勢を伝える。夏侯淵の報告を受けた南鄭(なんてい)の曹洪(そうこう)から急報がもたらされると、曹操...
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