晋代(西晋)初期の年号の変遷(265~284年)

こちらの20年間では魏(ぎ)が滅亡し、強大になった晋(しん)と三国のうちでただ一国だけ残っていた呉(ご)が対峙(たいじ)する構図となります。

ですが、すでに天下の趨勢(すうせい)は晋へと傾いており、280年に呉も滅亡したことで、ついに晋による三国統一が果たされました。

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魏の晋への禅譲(265年)から、晋に降伏した呉の孫晧(そんこう)が死去した年(283もしくは284年)までの年号と干支(かんし)および各国の皇帝(こうてい)の一覧

-265年- 乙酉(いつゆう)
【晋】 泰始(たいし)元年 ※武帝(ぶてい。司馬炎〈しばえん〉)
【魏】 咸熙(かんき)2年 ※元帝(げんてい。曹奐〈そうかん〉) → 晋に禅譲し滅亡
【呉】 (元興〈げんこう〉2年) → 甘露(かんろ)元年 ※帰命侯(きめいこう。孫晧)

-266年- 丙戌(へいじゅつ)
【晋】 泰始2年
【呉】 (甘露2年) → 宝鼎(ほうてい)元年

-267年- 丁亥(ていがい)
【晋】 泰始3年
【呉】 宝鼎2年

-268年- 戊子(ぼし)
【晋】 泰始4年
【呉】 宝鼎3年

-269年- 己丑(きちゅう)
【晋】 泰始5年
【呉】 (宝鼎4年) → 建衡(けんこう)元年

-270年- 庚寅(こういん)
【晋】 泰始6年
【呉】 建衡2年

-271年- 辛卯(しんぼう)
【晋】 泰始7年
【呉】 建衡3年

-272年- 壬辰(じんしん)
【晋】 泰始8年
【呉】 鳳皇(ほうおう)元年 ※「鳳凰」ともある。

-273年- 癸巳(きし)
【晋】 泰始9年
【呉】 鳳皇2年

-274年- 甲午(こうご)
【晋】 泰始10年
【呉】 鳳皇3年

-275年- 乙未(いつび)
【晋】 咸寧(かんねい)元年
【呉】 天冊(てんさく)元年

-276年- 丙申(へいしん)
【晋】 咸寧2年
【呉】 (天冊2年) → 天璽(てんじ)元年

-277年- 丁酉(ていゆう)
【晋】 咸寧3年
【呉】 天紀(てんき)元年

-278年- 戊戌(ぼじゅつ)
【晋】 咸寧4年
【呉】 天紀2年

-279年- 己亥(きがい)
【晋】 咸寧5年
【呉】 天紀3年

-280年- 庚子(こうし)
【晋】 (咸寧6年) → 太康(たいこう)元年
【呉】 天紀4年 ※帰命侯(孫晧) → 晋に降伏し滅亡

-281年- 辛丑(しんちゅう)
【晋】 太康2年

-282年- 壬寅(じんいん)
【晋】 太康3年

-283年- 癸卯(きぼう)
【晋】 太康4年

-284年- 甲辰(こうしん)
【晋】 太康5年

このサイトで取り扱うのはここまでとしておきます。以下、晋代(西晋)が続きます。

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